テラーノベル
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遥の幼い頃の記憶は、ぼんやりとしている。色彩も、音も、匂いも、あまりはっきりしない。
まるで霧のかかった風景を遠くから眺めるようだ。
ただ、一つだけはっきりしていることがある。
誰かが手を伸ばしてくれた、その感触だけは、忘れられない。
その手は暖かく、確かにそこにあった。
小さな手のひらを包むように優しく握られた感覚が、遥の胸の奥底にずっと残っている。
顔も声も思い出せない。
その人の名前も、どんな人だったかもわからない。
ただ、その温もりは、いつも遥の心を支えてくれていた。
幼い頃、孤独の中で揺れていた遥は、何度もその手を求めた。
泣きじゃくり、声にならない叫びを放っても、やがてその手に触れることで少しだけ安心できた。
今、その記憶は薄れていくばかりだが、遥は知っている。
その手の感触があるからこそ、彼はまだ、心のどこかで生きているのだと。
そして、時折その記憶が胸に蘇るとき、遥はそっと目を閉じて、その温もりを追い求める。
それは言葉にできない約束のようなもので、彼の生きる支えだった。
けれど、そんな記憶は誰にも理解されない。
孤独はいつも深く、どんなに願っても、あの手はもう二度と握られないのだから。
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