テラーノベル
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昼休みが終わってから、遥はずっと机の上の黒板消しの粉を見ていた。放課後になっても、誰も話しかけない。代わりに、言葉だけが彼の周囲を滑っていく。
「さすがだな、下半身だけは反応するんだ?」
背後から笑い声が上がる。クラスの数人が、もう帰る支度を済ませてから、あえて遥の机に近づいていた。教室の隅で鞄に何かを詰めるふりをしながら、視線を投げてくる者もいる。
「いや、あれだよ。家で姉ちゃんと練習してんじゃね?」
「おい、それマジで言うなって。気持ち悪っ」
わざとらしく吐く真似をする声。笑い。誰も止めない。誰も逃げない。逃げる必要のある奴が、そこにはいないからだ。
遥は黙っていた。睫毛が震える。鞄のファスナーに手をかけて、でも開けなかった。
「なに、泣くの?」
女の声がした。前の席の女子が、ふと立ち上がり、遥の顔をのぞき込む。爪先で遥の机をコツ、と蹴った。
「そんな顔してもさ、泣くのも下手なんだね、あんた」
遥の目が、ゆっくりとその女を見た。
「泣いてないし。泣いても……お前らのためじゃない」
声はかすれていたが、たしかに言った。教室の空気が一瞬止まった。
「へぇ……じゃあ誰のため?」
「俺のため」
また笑いが起きた。でも、今度は少しだけ違った。女の子が眉をひそめた。
「……自分で守るとか言い出すタイプ? だっさ。なら、もっとマシな顔してみ?」
彼女は遥の顎を指先で持ち上げようとした。だが遥は、首を動かさず、目だけを斜め下にそらした。
「お前の指、汚れてんだよ。触んな」
言い終えると同時に、誰かの鞄が投げられた。遥の肩に当たり、机の上に倒れた教科書が音を立てる。
「調子乗んなよ、クズ」
「誰が人間みたいに喋っていいって言った?」
「お前さ、ち●こだけ外してこいよ。教室に入る時」
「それか、下も女にしてやろうか?」
笑い声の中、遥は立ち上がった。鞄は持たない。手をだらりと下げて、静かに歩き出す。
「俺は……お前らとは違うから」
「なにが?」
「そのうちわかる。違いすぎて、笑えなくなるから」
その言葉は笑いを生まなかった。ただ、背後で誰かが舌打ちをした音がした。
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