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ドアが閉まってから、相談者はしばらく立ったままだった。
座るように促しても、首を横に振る。
「……座ると、長く話さなきゃいけない気がして」
「別に。立ったままでもいい」
日下部はそう言って、机の角に軽く腰を預けた。
距離を詰めすぎない。その代わり、逃げ道も塞がない。
「学校、行ってないんです」
「うん」
「理由は……あるけど、言えなくて」
「今日は理由の話じゃない?」
相談者は、少し驚いたように目を上げた。
「親が、毎日聞くんです。
“いつから戻るの?”って」
声が、そこで一度止まる。
「決めなきゃいけないのは分かってるんです。
でも……」
日下部は何も言わず、続きを待った。
「決めた瞬間から、カウントダウンが始まる感じがして。
その日が近づくたびに、体が重くなって」
相談者は胸のあたりを押さえた。
「行けなかったら、
“約束破った”になるじゃないですか」
日下部は、ゆっくり息を吐いた。
「戻る日ってさ」
「……はい」
「“希望”として決めさせられてるのに、
失敗したら“義務違反”になるんだよな」
相談者の肩が、わずかに揺れた。
「決めることで安心する人もいる。
でも、今のお前には逆なんだ」
「……はい」
「決めさせられることで、
逃げ場がなくなる」
日下部は視線を合わせすぎないよう、少しだけ横を向いた。
「戻る日を決められない=怠けてる、じゃない」
「……」
「まだ“決められる状態じゃない”だけだ」
相談者は、唇を噛んだまま、小さくうなずく。
「戻る日を聞かれるのが一番しんどいって、ちゃんと理由がある」
日下部は、最後にそれだけ言った。
「今日は、それが言えたから十分だ」
相談者は、ゆっくりと椅子に座った。