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相談者は、今日は最初から椅子に座っていた。
でも背もたれは使わない。浅く腰かけて、いつでも立てる姿勢のまま。
「学校に行ってない間のことなんですけど」
日下部は、頷くだけで続きを促す。
「家では、普通に一日が過ぎてくんです。
朝起きて、昼になって、夜になって」
相談者は指先を見つめている。
「でも、親とか先生と話すと、
その期間がごっそり抜け落ちてて」
「抜け落ちてる?」
「はい。
“行ってなかった間はノーカウントね”みたいな」
少し笑おうとして、失敗した表情。
「戻ったら、
“ここから仕切り直そう”って言われるじゃないですか」
日下部は、ゆっくり言葉を選ぶ。
「それが、きつい?」
「……はい」
相談者は小さく息を吸った。
「だって、その間も、ちゃんと生きてたのに」
声が、ほんの少しだけ震える。
「何もしてなかったわけじゃないし、
考えてなかったわけでもないし」
「うん」
「でも全部、
“行ってなかった時間”ってまとめられて」
相談者は、胸の前で手を握った。
「なかったことにされると、
自分も薄くなる感じがして」
日下部は、机の上のペンを指で転がしながら言った。
「“学校に行ってない=空白”って扱い、
めちゃくちゃ雑だよな」
相談者が、顔を上げる。
「……雑、ですか」
「雑。
生きてた時間を一括で消すの、乱暴」
少しだけ、強い言葉。
「お前のその期間、
外から見えにくいだけで」
日下部は続ける。
「中では、ちゃんと時間が流れてた」
相談者の目が、ゆっくり潤んでいく。
「考えて、悩んで、耐えてた時間を
“なかったこと”にされたら」
「……」
「そりゃ、戻るのもしんどくなる」
日下部は、視線を合わせた。
「仕切り直し、って言葉さ」
「はい」
「使う側は前向きのつもりでも、
受け取る側には“全部リセット”に聞こえることがある」
相談者は、何度か瞬きをしてから、うなずいた。
「その時間は、消えない」
日下部は静かに言う。
「誰が無かったことにしようとしても」
相談者は、しばらく黙ってから、小さく答えた。
「……それ聞けただけで、少し楽です」