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未成年の主張が終わった夜、橋の下にはまだ人の声の余熱が残っていた。
折り畳み椅子を片づける音の向こうで、ダニエロが大きな発泡スチロール箱をどんと置く。
「騒いだあとは食え。今日は売れ残りじゃないぞ。ちゃんと見込んで仕入れた」
蓋を開けると、湯気がふわりと広がった。おでん、焼きおにぎり、紙コップに入った温かいスープ。湿った夜気の中で、その匂いだけがまっすぐ腹へ届く。
「見込んでって、それ売れ残った時の言い方とほぼ同じですよ」
ホレが言うと、ダニエロは肩をすくめた。
「同じ店から出てるんだから、うまけりゃいいんだよ」
ヌバーは早々に竹串を二本持ち、「今日はトゥランが主役! いや、橋そのものが主役!」と勝手な乾杯を始めた。トゥランは照れて耳まで赤くし、ハルティナはその横で紙コップを両手で温めている。
ミゲロは何も言わず、皆の前に箸を配る。ヴィタノフは灯りの角度を少し変えて、顔色がよく見える位置へ裸電球を寄せた。
サベリオは入口近くの壁にもたれ、少し離れたところからその光景を見ていた。
橋の下で誰かと食べることが、こんなに久しぶりだとは思わなかった。
昔も、稽古が長引くと誰かがパンを持ち寄り、湯を沸かし、床へ新聞紙を敷いて座った。上手い芝居ができた日より、鍋の底に残った大根を誰が食うかでもめた日の方を、妙にはっきり覚えている。
デシアが紙皿を一枚持って近づいた。
「立ったままじゃ食べづらいでしょ」
「……いい。後で」
「後だとヌバーが全部食べる」
「食べませんよ。俺は空気を読める男です」
離れた場所から言い返したヌバーの箸には、しっかり餅巾着が刺さっていた。
サベリオは少しだけ口元をゆるめる。
そのわずかな変化を、デシアは見逃さなかった。
「今日、橋の上で、みんなの顔が変わった」
サベリオは黙ったまま紙皿を受け取る。湯気が指先へあたり、ようやく自分の手が冷えていたことに気づく。
「勝てるかどうか、まだ全然分からないけど」
デシアは熱いスープを吹きながら続けた。
「一緒に食べて笑えるなら、まだ終わってない気がする」
サベリオは皿の中の大根を見た。味が染みて、角が少し崩れている。
「芝居って、それでいいのか」
「それだけじゃ足りない。でも、それがないと、たぶん続かない」
返事の代わりに、サベリオは大根をひと口かじった。熱さに少しだけ目を細める。
橋の上を風が抜け、欄干の隙間から街の灯りが揺れた。さっきまで声を張り上げていた若者たちも、今は湯気の向こうで笑っている。
勝てるかどうかではなく、この光景を消したくないと、先に思った。
その時、モルリが紙皿を持ったままこちらへずんずん歩いてきた。
「はい決定」
「何が」
「サベリオ、明日から戻ってくる」
「戻ってはいる」
「違う。ちゃんと戻るの。入口の影じゃなくて、こっち側に」
サベリオが眉を寄せると、モルリは焼きおにぎりを指で突きつけた。
「今日、トゥランの声聞いたでしょ。あれ聞いてまだ外に立ってるの、かっこつけが過ぎる」
「かっこつけてない」
「じゃあ明日、稽古来る?」
問いは軽いのに、橋の下の空気がそこでそっと静まった。ヌバーも、ホレも、ハルティナも、聞いていないふりの顔で耳だけこっちへ向けている。
サベリオは紙皿を見た。湯気。傷だらけの床。灯り。食べながら笑っている仲間たち。
ずっと欲しかったのは、拍手より先に、こうして同じ場所へ戻れることだったのかもしれない。
「……裏の手伝いなら」
その一言に、空気がぱっと明るくなる。
モルリは勝った顔で拳を握った。
「よし!」
ヌバーがすぐ乗る。
「聞きました? 今の、実質主演宣言ですよね?」
「違う」
サベリオが即答すると、やっと皆が声を立てて笑った。
その笑いの中へ、自分の返事がちゃんと混ざっていることが、少しだけくすぐったかった。