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勇者召喚の儀式は、想像していたよりずっと本格的だった。
石造りの広間の中央に、複雑な紋様を刻んだ魔法陣が描かれている。
壁には燭台が並び、揺れる炎の明かりが天井の高い空間を照らしていた。
神官たちは全員が白い法衣をまとい、円を描くように立っている。
どう考えても嘘ではない。
少なくとも、ここまで金をかけた冗談は存在しないだろう。
「異界より来たりし者よ」
中央に立つ老人が言った。
声はよく通った。
「そなたは選ばれし勇者である」
選ばれた覚えはない。
だが呼ばれたらしい。
陽和(ひより)は魔法陣の上に立ったまま、小さく息を吐いた。
三十分前までは自分の部屋にいたはずなのだが、今は石の床の上で勇者扱いされている。
人生というのは本当に分からない。
「これより祝福の儀を行う」
神官たちが同時に祈りの言葉を唱え始めた。
空気が震える。
床の紋様が光り出す。
これはすごい。
本当に勇者かもしれない。
少なくとも、期待くらいはしてもいいはずだった。
炎とか。
雷とか。
光の剣とか。
そういうものが体に宿るのではないかと思っていた。
光が強くなる。
眩しい。
そして。
終わった。
静かに光が消える。
沈黙が落ちた。
誰も何も言わない。
陽和は少し待った。
たぶん何か起きる。
遅れて出るタイプの祝福かもしれない。
待つ。
待つ。
……何も起きない。
「えっと」
思わず言った。
「終わりですか」
神官たちは顔を見合わせた。
その様子が、妙に不安だった。
中央の老人が咳払いをした。
「……感じないか?」
「何をですか」
「祝福をだ」
言われてみれば。
陽和は少し考えた。
確かに何か違う気はする。
よく分からないが。
変化がないわけではない。
「なんか」
言葉を探す。
適切な表現が見つからない。
「ちょっと暖かい気がします」
沈黙が落ちた。
長い沈黙だった。
神官の一人が口を開いた。
「暖かい……?」
「はい」
陽和は周囲を見た。
「ここ、さっきより寒くない気がします」
別の神官が手を伸ばした。
空気を触るように動かす。
真剣な顔だった。
「……確かに」
老人が言った。
「確かに暖かい」
神官たちがざわめく。
「これは」
「まさか」
「伝承にある……」
陽和は言った。
「いや、そんな大げさな感じじゃなくて」
誰も聞いていない。
老人が厳粛な声で宣言した。
「間違いない」
一拍置いて言った。
「これは伝説の祝福だ」
陽和は首をかしげた。
「どのへんがですか」
老人は答えた。
「体感はぬるい」
断言だった。
「だが伝説は常に控えめに現れる」
そういうものだろうか。
初めて聞いた。
老人は続けた。
「この祝福の名は――」
少し間を置いた。
そして言った。
「《微暖》」
字面からして弱そうだった。
「半径三メートルほどの空気を穏やかに温める力」
具体的すぎる。
陽和は言った。
「戦闘向きじゃないですよね」
老人は言った。
「勇者に無駄な祝福はない」
言い切った。
神官の一人が興奮した様子で言った。
「これは命を守る祝福かもしれません!」
別の神官。
「心を温める奇跡の力では!」
陽和は言った。
「普通に暖房では」
誰も同意しなかった。
老人が重々しく言った。
「勇者よ」
嫌な予感がした。
「そなたは旅立つことになる」
予感は当たった。
「魔王討伐のために」
陽和は言った。
「この能力でですか」
老人はうなずいた。
「この能力でだ」
即答だった。
そのとき陽和は思った。
たぶんこの世界は、
わりと無理を通す文化なのだろう。