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春風の約束

5 - 第5話 日常の共有

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2025年09月28日

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放課後の教室。

昼間のざわめきが嘘のように静まり返り、窓から差し込む夕陽が長い影を落としていた。

湊は机に広げた教科書とノートの間で鉛筆を転がす。

向かいには陸が座っている。制服の袖は肘までまくり、腕を組んで少し伏し目がちだ。


「ここ、どうやって解くんだっけ?」


陸が指差す問題は、数学の二次方程式。

湊は息を吐きながら答えをノートに書き、ゆっくり説明を始める。


「まず、文字を整理する。次に平方完成か、因数分解か……」


湊の声は落ち着いているが、微かに緊張もあった。

陸はしばらく黙って聞いている。


「……なんで、そんな丁寧に教えてくれるんだ?」


陸がふいに顔を上げる。目が少しだけ細まった。

湊は笑みを抑えながら肩をすくめる。


「俺は昔から、教えるの好きだからな。……って、別に特別じゃない」


陸は口元を緩め、視線をノートに戻した。


「……昔から、お前は変わらないな」


その言葉に、湊は胸の奥で微かに熱くなるものを感じる。


説明を続けながら、湊は陸の癖を思い出していた。

小学生の頃、鉛筆を噛みながら考え込む仕草。

いまも変わらず、唇を噛んで眉をひそめる陸の姿は、少しだけ幼さを残していた。


「ここはこうやるんだ。分かるか?」


湊が手元の式を指さすと、陸はノートを覗き込み、ペンを握り直す。


「……ああ、なるほど」


素直に理解した時の小さな声が、教室に柔らかく響いた。


休憩がてら、窓際の椅子に並んで座る。

夕日が差し込み、二人の影は長く伸びる。


「……そういえば、昔もこうやって一緒に勉強してたな」


湊の呟きに、陸は笑いを堪えたように小さく肩を震わせる。


「覚えてるのかよ、くだらねえ問題ばっかり解いてたのに」


陸の声は軽いが、どこか懐かしい響きがあった。

湊は机の上のノートを指で軽く叩く。


「くだらなくても、俺にとっては面白かったんだよ」


その後も、問題を解く手を止めることなく、互いに言葉を交わす。

分からないところを教え、時折冗談を交わす。

笑い声は小さいが、確かに、教室の空気を柔らかくしていた。


授業が終わる鐘が鳴り、現実に戻る。


「今日はありがとな」


陸が小さく頭を下げる。照れ隠しのように背中を丸めて。

湊は笑って肩を叩く。


「別にいいって。次はもっと簡単にできるようになるだろ?」


校舎を出ると、夕焼けの風が二人を包む。

陸は無言で歩くが、その足取りには少し軽さがあるように見えた。

湊は心の奥で、微かな安堵と喜びを感じた。


「……こうして、また日常を共有できるのも悪くないな」


湊は小さく呟き、後ろを歩く陸の背中をそっと見つめた。

幼い頃の思い出と、今の距離が、ゆっくりとつながり始めている気がした。


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