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放課後の教室。
昼間のざわめきが嘘のように静まり返り、窓から差し込む夕陽が長い影を落としていた。
湊は机に広げた教科書とノートの間で鉛筆を転がす。
向かいには陸が座っている。制服の袖は肘までまくり、腕を組んで少し伏し目がちだ。
「ここ、どうやって解くんだっけ?」
陸が指差す問題は、数学の二次方程式。
湊は息を吐きながら答えをノートに書き、ゆっくり説明を始める。
「まず、文字を整理する。次に平方完成か、因数分解か……」
湊の声は落ち着いているが、微かに緊張もあった。
陸はしばらく黙って聞いている。
「……なんで、そんな丁寧に教えてくれるんだ?」
陸がふいに顔を上げる。目が少しだけ細まった。
湊は笑みを抑えながら肩をすくめる。
「俺は昔から、教えるの好きだからな。……って、別に特別じゃない」
陸は口元を緩め、視線をノートに戻した。
「……昔から、お前は変わらないな」
その言葉に、湊は胸の奥で微かに熱くなるものを感じる。
説明を続けながら、湊は陸の癖を思い出していた。
小学生の頃、鉛筆を噛みながら考え込む仕草。
いまも変わらず、唇を噛んで眉をひそめる陸の姿は、少しだけ幼さを残していた。
「ここはこうやるんだ。分かるか?」
湊が手元の式を指さすと、陸はノートを覗き込み、ペンを握り直す。
「……ああ、なるほど」
素直に理解した時の小さな声が、教室に柔らかく響いた。
休憩がてら、窓際の椅子に並んで座る。
夕日が差し込み、二人の影は長く伸びる。
「……そういえば、昔もこうやって一緒に勉強してたな」
湊の呟きに、陸は笑いを堪えたように小さく肩を震わせる。
「覚えてるのかよ、くだらねえ問題ばっかり解いてたのに」
陸の声は軽いが、どこか懐かしい響きがあった。
湊は机の上のノートを指で軽く叩く。
「くだらなくても、俺にとっては面白かったんだよ」
その後も、問題を解く手を止めることなく、互いに言葉を交わす。
分からないところを教え、時折冗談を交わす。
笑い声は小さいが、確かに、教室の空気を柔らかくしていた。
授業が終わる鐘が鳴り、現実に戻る。
「今日はありがとな」
陸が小さく頭を下げる。照れ隠しのように背中を丸めて。
湊は笑って肩を叩く。
「別にいいって。次はもっと簡単にできるようになるだろ?」
校舎を出ると、夕焼けの風が二人を包む。
陸は無言で歩くが、その足取りには少し軽さがあるように見えた。
湊は心の奥で、微かな安堵と喜びを感じた。
「……こうして、また日常を共有できるのも悪くないな」
湊は小さく呟き、後ろを歩く陸の背中をそっと見つめた。
幼い頃の思い出と、今の距離が、ゆっくりとつながり始めている気がした。