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湯気の向こうで、笑い声が弾けた。鉄のバケツに注ぎ込まれる熱湯の音が、遥の耳に鋭く突き刺さる。
「ほら、まだ立ってんのかよ。根性あるな」
晃司がわざとらしく感心する声を投げかける。
「……っ、あ、あつ……っ!」
遥の喉から押し殺した声が漏れた。膝が揺れる。皮膚が赤く膨れ上がり、触れるたび焼けつくような痛みが広がる。
「情けねぇ声出すなよ。聞いてて気持ち悪ぃ」
颯馬が笑いながら肩を突く。その指先すら刃のように痛かった。
「やめ……やめて……っ」
必死の声がにじみ出るが、言葉は湯気に吸い込まれて消える。
「ダメでしょ? 続けて。遥の躾はまだ終わってないから」
沙耶香が冷ややかに告げる。怜央菜は無表情で時計を睨み、淡々と時間を数えていた。
「あと三分。我慢できなかったら負け」
「……っ、や……っ、もう……っ」
遥の声が震える。肩が小刻みに痙攣し、唇の色が褪せていく。
「弱ぇなぁ、遥。そんなに熱いか?」
晃司の声が残酷に響く。
遥は答えられない。喉が焼け付いたように声を押し殺し、それでも「やめて」と叫びたくて口を開く。
だが出てきたのは、濁った嗚咽と悲鳴だけだった。
「――っああぁっ!! あつ……っ、もう……っ、や、やめ……っ!」
四人の兄姉の笑いが、湯気と共に重く降りかかる。
遥の膝がついに崩れた。
鉄のバケツの湯が跳ね、赤くただれた皮膚にまとわりつく。
「……っあああっ!! や、やめてっ……!」
絶叫が空気を裂いた。
「ふふ、根性ないわね。たった三分も我慢できないなんて」
沙耶香が片眉を上げ、呆れたように吐き捨てる。
「そうよ。結局、最後までやり切れないのね」
怜央菜の声は低く静かで、冷水のように遥の耳を打った。
その表情に情けなどなく、ただ淡々と弟の弱さを確認するだけ。
「おーい、時間切れだってよ」
颯馬が面白がるように手を叩く。
「でもさぁ、途中でやめるのは負けだろ? どうする、兄貴」
晃司が唇を吊り上げ、遥の髪を乱暴に掴み上げた。
「続行だ。こいつはまだ謝ってもねぇしな」
「や……っ、もう無理……っ、ごめ……ごめんなさい……っ」
遥はかすれた声で懇願する。
息が荒く、視界は滲み、体は震え続けていた。
だが、沙耶香は優雅に首を振った。
「謝るだけじゃ意味ないでしょ。罰はちゃんと受けなきゃ」
怜央菜も時計を睨んだまま淡々と告げる。
「もう一度、最初から。今度は泣かないで続けて」
「ひ、いやだ……っ、いやぁ……っ!」
遥の絶叫は、四人の笑い声にかき消される。
バケツの中で再び湯が注がれる音が響く。
その音が、遥にとって何よりも恐ろしい鐘の音のように聞こえていた。