テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
湯気が部屋を曇らせ、鉄の匂いと焦げた皮膚のにおいが入り混じる。
「ほら、まだいけるでしょ?」
怜央菜がかがみ込み、遥の耳元に囁く。
声は妙に甘く、しかし内容は鋭く突き刺さった。
「根性見せなよ。弟のくせに、泣きわめくだけなんて情けない」
「ひっ……あ、あつ……やめっ、やめてっ!」
遥の腕に再び熱湯がかけられ、皮膚が弾けるように赤く染まった。
悲鳴は絶え間なく、喉が裂けそうに響く。
「お前の声、近所に聞こえてるぞ」
晃司が笑い、湯を注ぎ足す。
「情けねぇな、犬みたいに吠えやがって」
「犬以下でしょ。犬は主人の言うことちゃんと聞くもの」
沙耶香が鼻で笑い、カップを口に運びながら淡々と吐き捨てる。
颯馬は床に転がった遥の手首を足で押さえつけ、面白そうに覗き込んだ。
「ほら、もう一回! “がんばります”って言ったら、すぐに終わってあげるよ」
「……っ、や……やります……っ! がんば……っ」
声が震え、涙でぐしゃぐしゃの顔がうつむいたまま揺れる。
怜央菜がそこで大きく笑った。
「そうそう、それでいいの。じゃあ証明して。今度こそ最後まで黙ってやれるんだよね?」
バケツが持ち上がる音に、遥の心臓は爆発しそうに跳ね上がった。
次の熱が皮膚を覆う瞬間まで、ほんの数秒しか残されていなかった。
遥の身体はぐったりと床に崩れ落ちていた。
赤くただれた皮膚からは、まだ熱気が立ち上っている。
「……っ……」
かすれた呼吸が漏れる。目は半分閉じ、焦点を結んでいない。
「ちょっと、もう寝るつもり?」
沙耶香が冷ややかに笑い、濡れた頬を指先で軽く叩いた。
「まだ“がんばります”って言ってないでしょ」
「おい、起きろよ」
晃司が無造作に頬を平手で打つ。乾いた音が部屋に響き、遥の頭が揺れる。
「……っぁ……」
声とも呻きともつかぬ音が唇から漏れる。
怜央菜はわざとらしくため息をついた。
「根性ないんだよね、あんた。弱いくせに中途半端に抵抗するから、余計みっともないの」
「なあ、まだ遊べるだろ」
颯馬が笑いながらバケツを持ち上げる。
「だってさ、まだ全部終わってないじゃん」
遥はかすかに首を振ろうとしたが、力が入らない。
その震えを怜央菜が見逃さなかった。
「ねぇ、遥。やめてほしいなら、もっとはっきり言わないと伝わらないよ」
わざと優しく囁く。
「泣き声じゃダメ。ちゃんと、お願いしてごらん?」
「……っ、や、やめ……て……くだ……」
途切れ途切れの言葉が搾り出される。
だが晃司がすぐに鼻で笑った。
「ほら見ろ。結局、命令されないと喋れねぇんだな」
沙耶香が手を叩く。
「じゃあ、ご褒美あげよっか。次は背中。ちゃんと最後まで声出してね?」
颯馬が容赦なくバケツを傾ける。
熱湯が背中一面に流れ込んだ瞬間――
「ぎゃあああああああああああっ!!」
遥の絶叫が部屋を震わせ、窓のガラスまで揺れるようだった。
怜央菜は静かにその声を聴き、口元を歪めた。
「いいね、その声。生きてるって証拠だよ」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!