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放課後の校舎は、昼間の喧騒が嘘みたいに静かだった。夕方の光が、廊下の端を薄く切り取っている。
自販機の前。
沙耶香は紙コップを取り出しながら、何でもない顔で言った。
「ねえ、蓮司」
「ん?」
蓮司はスマホをいじったまま、返事だけを落とす。
「もしさ。
――遥が、あの時……死んでたら、どうなってたと思う?」
一瞬だけ、空気が止まった。
自販機のモーター音が、やけに大きく響く。
蓮司は顔を上げない。
でも、指の動きが止まった。
「……急に何だよ」
「だってさ」
沙耶香は、コップの縁を指でなぞりながら続ける。
「飛び降りたって聞いた時、
“助かった”って結果だけが先に来たでしょ?」
「……」
「もし、助かってなかったら。
もし、“間に合わなかった”ら」
彼女は言葉を選ぶでもなく、淡々と重ねる。
「学校、どうしてたんだろうなって」
蓮司は、ようやくスマホをポケットにしまった。
「……知らねえよ」
「ほんとに?」
沙耶香は首をかしげる。
「だってさ。
問題になるよね。
“いじめがあったかどうか”とか」
「……」
「動画とか、音声とか、
誰が回したかとか」
彼女の声は静かだ。
責める調子でも、好奇心でもない。
ただ、事実を並べているだけの声。
「教師も、生徒も、
みんな“知らなかった”って言うんだろうなって思って」
蓮司は、ふっと鼻で笑った。
「まあ、そうなるだろ」
「即答だね」
「当たり前だろ」
蓮司は壁にもたれ、天井を見上げる。
「死んだら終わりだよ。
本人は何も言えない。
残るのは、“都合のいい説明”だけ」
沙耶香の手が、ぴたりと止まった。
「……冷たいね」
「現実的って言えよ」
「じゃあさ」
沙耶香は一歩、距離を詰める。
「蓮司は、どうしてたと思う?」
「俺?」
「うん。
もし、遥が本当に死んでたら」
蓮司は少し考える素振りをしてから、肩をすくめた。
「普通に学校来て、
普通に授業受けて」
「罪悪感とか?」
「あるわけないだろ」
即答だった。
「だって、
死ぬかどうか決めたのは、遥だ」
その言葉は、あまりにも軽い。
「俺は、
“起きたこと”に関わってない」
沙耶香は、その言葉を反芻するように、ゆっくり頷いた。
「……なるほど」
一拍置いて、彼女は微笑った。
「じゃあさ」
「?」
「日下部が間に合わなかった場合も、
同じこと言えた?」
空気が、ひび割れた。
蓮司の視線が、初めて沙耶香に向く。
「……何が言いたい」
「別に」
沙耶香は肩をすくめる。
「ただの仮定の話」
「仮定にしては、悪趣味だな」
「そう?」
彼女は静かに言った。
「でもね。
あの時、日下部が偶然そこにいたでしょ」
「……」
「“偶然”って、便利だよね」
蓮司は、しばらく黙っていた。
やがて、低い声で言う。
「……言っとくけど」
「うん」
「俺は、
“死なせたい”なんて思ってない」
沙耶香は目を細める。
「でも」
「?」
「“生きててほしい”とも、言ってないよね」
その一言は、刃物みたいに静かだった。
蓮司は何も言い返さない。
沈黙の中で、沙耶香は最後にぽつりと落とす。
「ねえ、蓮司」
「……何だ」
「もし次、同じことが起きたら」
彼女は笑わない。
「今度は、
誰が“間に合う”んだろうね」
その問いに、答えはなかった。
ただ、
蓮司の背中に、
薄く冷たいものが、這うように残った。