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#成り上がり
#死に戻り
#ハッピーエンド
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客席に静けさが落ちたあと、デシアの音語りは次の段へ入った。
市場の朝、水害の夜を伝える古い記録、春先の軒先に落ちるしずく、橋を渡る靴音。そこへ今しがたの若者たちの声が重なり、町そのものがひとつの息をしているみたいに聞こえる。
サベリオは舞台袖の柱へ軽く手をついた。
胸の奥が忙しい。
守れているという安堵だけではなかった。目の前にいるデシアが、自分の知らないところまで強くなっていることが、まぶしかった。
最初は、ただ応援したかった。
音を追いかける横顔がきれいで、夢へ向かう姿がまっすぐで、せめてその足元くらいは支えられたらと思った。自分のことは脇へ置いたまま、彼女の夢をかなえられたらそれでいいと、本気で思っていた。
けれど今、舞台の真ん中に立つデシアを見ていると、それだけでは足りないと分かる。
彼女は遠くから眺めて守る相手ではない。
同じ夜を生きて、同じ朝へ進みたい相手だ。
舞台の照明が少し落ち、デシアが次の音へ手を伸ばす。その指先の迷いのなさを見た瞬間、サベリオの中で何かが静かに定まった。
「推し、って顔じゃなくなってる」
いつのまにか隣へ来ていたミゲロが、ぼそりと言った。
サベリオは振り向く。
「そんな分かる?」
「分かる。最初は遠くから拝んでた。今は一緒に明日へ行きたい顔してる」
言い返せず、サベリオは苦笑した。
舞台では、デシアが水害の夜に聞いたという鐘と雨だれの音を重ねている。その音は悲しさだけで終わらず、ちゃんと誰かの手のぬくもりへつながっていた。
自分は彼女の夢の観客ではない。
彼女もまた、自分をただの都合のいい支え手だとは思っていない。
何度も周回した夜の中で、ようやくそこへたどり着いたのだと、サベリオは遅れて理解した。
デシアがふとこちらを見た。
ほんの一瞬、音語りの合間に目が合う。
その視線には「聞いていて」があった。けれど同時に、「あなたも来て」という光もあった。
サベリオは胸の奥で返事をする。
もう、ただの推しでは呼べない。
守りたい相手で、並んで歩きたい相手だ。
その答えを、今夜のどこかでちゃんと言葉にしなければならないと、彼は知った。