テラーノベル
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#成り上がり
#死に戻り
#ハッピーエンド
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舞台の終盤、橋から中継された鐘の音が、もう一度ゆっくりと響いた。
それを合図みたいにして、デシアの音語りはいちばん静かな場面へ入る。春の朝、誰もいないシェルターの床を、一滴のしずくが打つ音。そのあとへ続く、古い時計の低い響き。
サベリオの背筋がすっと伸びた。
深い時計の音だ。
最初の周回の朝、デシアが聞かせてくれた、あの深い低音。何度戻っても胸の底へ残り続けた音が、今夜は恐ろしいものではなく、見守るもののように響いている。
デシアが客席へ向かって言った。
「この場所には、助かった人たちの音が残っています」
その言葉のあと、舞台の端に立っていたサベリオは、もう迷っていられないと思った。
足が前へ出る。
客席の視線が集まる。こんなふうに前へ出るのは、彼にとって得意なことではなかった。直すこと、支えること、後ろで足りないところを埋めること。そのほうがずっと楽だった。
けれど、もう自動操縦では終われない。
サベリオは舞台の中央で立ち止まる。
雨の音が屋根の上で鳴っている。観客の息づかいが近い。デシアがすぐ横にいる。逃げ道はいくらでもあるのに、不思議と逃げたいとは思わなかった。
「僕は」
最初の一声は少しかすれた。
「僕は今まで、誰かを支えている時だけ、自分が必要な人間だって思えてました」
客席が静まる。
「裏方でいるのは好きです。直すのも、整えるのも好きです。でも、それを言い訳にして、自分がどこで生きたいかは、ずっと後回しにしてきました」
喉の奥が熱い。
それでも止まらない。
「僕はこの町が好きです。春の匂いも、橋のきしみも、雨どいを流れる水の音も、しずくシェルターの床板も、全部好きです」
デシアの目が揺れた。
「だから僕は、誰かの裏方だけで終わりたくない。ここで、しずくシェルターを音の集まる場所として守りたい。皆と一緒に、この町の次の春も作りたいです」
言い切った瞬間、屋根の上の雨音がふっと遠のいた気がした。
地下から、低くやわらかな響きが上がってくる。
深い時計の音だった。
前の周回で何度も聞いた低音は、胸を締めつけるものだったのに、今夜のそれはちがう。長いあいだ閉じていた扉が、ようやく正しい方向へ開いたような音だった。
客席のどこかで、小さく息をのむ声がする。
デシアが隣で笑った。
泣きそうなのに、ちゃんと笑っていた。
サベリオはその顔を見て、自分の中の自動操縦が、ようやく止まったのだと知る。