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「将司さん……っ」
どこか遠くで自分の声が聞こえたと思った次の瞬間、口を塞がれたような息苦しさがあった。
「……んっ」
目覚め始めた時、異変を感じた。口の中で何かがうごめいている。背中には誰かに抱き締められているような力強さ、そして下腹部への違和感。まだ霞が残る頭で、自分が置かれている今の状況を把握しようとした。しかしすぐに私の思考を奪うかのように、うずくような、突き上げられるような、これまでにも経験したことのある感覚に襲われてはっとする。重たい瞼を押し上げた途端に、体のずっと奥深くまで何かが到達したような圧迫感があり、体が震えて声が洩れる。
「あ……っつ」
将司さんじゃない。だって彼とは別れたのだから。それじゃあ、いったい私は誰と――。
絶え間なく与えられる快感に抵抗しようと試みながら、私は視線を上げた。そこにはよく知る男の顔があった。
彼は私の視線に気づき、動きを止めた。満足そうな、しかしどことなく悲しげにも見える顔で、私を見下ろす。
「りょ、諒ちゃんっ……。どうして……」
私は愕然とし、身をよじって彼から離れようとした。しかし、彼と体が繋がっていて身動きが取れない。
彼は私の表情に気づき、唇の端を軽く上げて笑う。
「言っとくけど、お前からしがみついてきたんだからな。離そうとしたけど、お前が俺を離さなかったんだよ。あぁまでされたら、我慢できるわけないじゃないか。諦めろ」
「今すぐ離れてよ!」
「ここまで来て、途中でやめられるわけないだろ。ちゃんとゴムはつけてるから安心していいぞ」
「バカバカっ!そういう問題じゃないっ!」
諒は私の文句を聞き流した。私の体に腕を回して強く抱き締め、腰を激しく動かし始めた。
「……あぁっ」
どうしてこんなことになってしまったのかと、頭は混乱しているのに、諒が動く度に感じる悦びに抵抗できなかった。すでに彼を受け入れてしまっている私の体は、諒が動く度に淫らに反応する。結局、こうなるまでの経緯をまったく把握できていないまま、私は諒に抱かれ、絶頂まで達してしまった。
事が終わった後もしばらくの間、諒は私を抱き締めていた。息を弾ませている私に気づいて、体を起こす。そのままごろりと寝転がり、呆然としている私の顔を静かに見つめていた。
私は彼の視線から逃げて体の向きを変えた。ぼんやりとした目で辺りを見渡して、この部屋に見覚えがあることに気づく。
「ここって……」
「学生時代から変わらない俺の部屋」
「私、いったいどうしてこんな……」
ようやく呼吸が落ち着いて、私はのろのろと起きあがった。床に自分の下着が落ちていることに気づき、それに手を伸ばす。途端に体がぐらりと傾いだところを、諒に抱き止められた。
「横になっていた方がいい。それで、どうしてこうなったのかを、後でじっくりと説明してやる。その前に水を持って来てやるから、ちょっと待ってて」
「ん……」
私は大人しく諒の言葉に従い、再び身体を横たえた。頭がくらくらする。掛布団を胸まで引き上げて、暗い天井を見上げながら記憶を辿ろうと試みた。
将司と別れ話をし、その後居酒屋で飲み、飲み足りなくて凛の店に行ったところまでは覚えている。ろれつの回らない状態になって、お酒のグラスを凛に取り上げられた記憶もある。それから諒が迎えに来て、よいしょと言う掛け声までは聞いた。それから先は思い出せない。
諒ちゃんと寝てしまった――。
今夜のことは夢であってほしいと思いながら、ぽっかりと抜けている記憶をどうにかして手繰り寄せようとする。そこへ諒がペットボトルを持って戻って来た。
「ほら、水」
「あ、ありがと……」
気まずすぎて彼の顔を見ることができない。私はぼそぼそとした口調で礼を言い、毛布を巻きつけたまま体を起こした。ペットボトルを受け取って口をつける。ひんやりとした水が喉を伝い落ちていくごとに、曖昧ながらも記憶の断片がいくつかよみがえってきた。それらはほんの一部ではあったが、それでも私を後悔させるに十分だ。私はそわそわと落ち着かなくなった。
「あ、あの、ちょっとトイレ……」
「あぁ」
私は諒に断ってベッドから下りた。さっき拾い損ねたショーツを急いで拾い、慌ただしく履く。ブラジャーが見当たらず、やむを得ず腕で上半身を隠したまま寝室を出た。
トイレに入り、洗面所の鏡の前に立った時、そこに映った自分の顔を見てぎょっとする。もともとメイクは薄いから、さほどひどい状態になってはいなかったが、瞼がひどく腫れていた。
大学時代、ここには頻繁に遊びに来ていた。その洗面所だ。勝手はよく知っている。作り付けの棚を開けると、そこには当時と同じく、やっぱりタオルが入っていた。後で洗濯して返せばいいやと中から一枚を取り出し、私は顔を洗った。冷たい水のおかげで頭がしゃきっとする。同時に、全身から血の気がさあっと引いて行く。私は頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。
どうしよう……。
「大丈夫か?」
洗面所のドアの外で諒の声がした。なかなか私が戻らないことを心配したのだろう。
私は慌てて返事をする。
「だ、大丈夫。今、出るよ」
「そうか。早く戻って来いよ。話がある。それと、ここに俺の部屋着だけど、トレーナーとか置いといたから使って」
「う、うん、ありがとう……」
緊張した。彼の話というのは今夜のことに決まっている。説明すると言っていた。
遠ざかって行く諒の足音が完全に聞こえなくなってから、私はそうっとドアを開けた。そこに置かれてあった部屋着を手に取り、そそくさと身に着ける。トレーナーもスウェットパンツも大きくてぶかぶかだったが、とりあえずの借り物だから、仕方がない。むしろ諒に感謝しなければと思いながら、私は彼が待っているはずのリビングに向かった。緊張で胃が痛くなりそうだ。
リビングのドアを開けると、そこは真っ暗だった。寝室に戻ってこいということかと、うろたえた。諒とのことが思い出され、ごくりと生唾を飲み込む。いやいやまさか、再びそんな状況になるわけがないと気を取り直し、私は改めて諒の寝室に足を向けた。
ノックをして恐る恐るドアを開けた。私が出た時と同じ、部屋は間接照明だけの薄暗いままになっていた。ベッドには、部屋着に着替えた彼が腰を下ろしている。
「瑞月、こっちに来な」
彼は強い口調で私を呼んだ。おずおずと近づいて行った私に、自分の隣を手で示す。
「座れ」
「は、はい……」
私は身を強張らせながら、彼の隣からやや離れた場所に腰を下ろした。
諒は私を見て苦々しい声で言う。
「さて。少しくらいは記憶が戻ってきたかな?」
「えぇと、具体的にはちょっと……」
「よいしょ」の掛け声からこっち、やっぱりはっきりと思い出せない。覚えているのは、抱かれていた間のほんの一部で、しかもぼんやりとしている。私は膝の上でギュッとこぶしを握った。いずれにせよ、ここに戻って諒の顔を見た時から、頭の中でずっとこだましている言葉はただ一つだ。
マズイ。マズイ。マズイ……。
「瑞月、今、マズイって思ってるよな」
諒の声に身がすくむ。
「はい、心の底から思っています……」
諒は兄と慕ってきた大事な幼馴染だ。そんな彼と体の関係を持ってしまったのだ。これから先、彼とどんな顔をして会えばいいのだろう。私たちは今後一切会わないという関係ではない。諒の妹の栞と私も幼馴染同士だし、親友同士。私の従兄の凛と諒だって親友同士。さらに付け加えるなら、実家の両親たちも仲の良いご近所同士なのだ。
私はベッドの上に正座した。諒の前にがばっと手をついて哀願する。
「諒ちゃん、すみませんでした。申し訳ありませんでした。今夜のことは過ちだった、夢だったということで、どうか許してください。お願いだから忘れてくださいっ」
「はぁ?」
諒は不機嫌な声を出し、私の方へずいっと近づいた。
私は体を後ろに引いて、彼から離れる。
「今、忘れてとか言った?いいか、瑞月。最初からきっちり説明してやるから、よく聞けよ」
「な、なんでしょう……」
自分の行動の全貌がこれから明かされるかと思うと、あまりにも恐ろしい。爪が皮膚に食い込みそうになるくらい拳をぎゅっと握り、私は諒が口を開くのを待った。