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諒は深々と息をつき、おもむろに話し出した。
「仕事を終えた俺は早く部屋に戻って、のんびりしたい気分だった。そしたら、久しぶりに凛から電話がかかって来た。ものすごく困った様子で、瑞月が泥酔して大変だ、瑞月のことを頼めるのは俺しかいないんだって言う。そんな風に頼まれたら、俺がなんとかするしかないだろう?とにかく急いで店まで行ってみたら、酔っぱらってぐずぐず泣いてるお前がいた。その後すぐに寝てしまったお前を、凛と二人がかりで俺の車に乗せたよ。最初はお前の部屋まで連れて行こうと思ったけど、全然起きないし、よく考えたらお前の部屋ってエレベーターなしの三階だろ?酔っぱらいをそこまで担ぎ上げるのも大変だから、エレベーターのある俺の部屋に連れてきたんだ。そしたら……」
諒は腕を組んで大きなため息を吐き出した。
「お前にその気にさせられて……」
「え……。そ、その気、とは……」
おどおどと訊き返す私に諒は呆れ顔を見せる。
「お前に襲われた、っていう意味に決まってるだろ」
「えっ!わ、私が?諒ちゃんを襲った?そんなのあり得ないっ!」
しかし諒は否定しない。
「まさか女に襲われてその気になるなんて、一生の不覚だよ。この責任、どう取ってくれるんだよ?」
「ど、どうと言われましても……。あの、本当に、私が?」
諒は真顔で大きく頷く。
「あぁ。本当に『お前が』だ」
「そんなの、絶対に嘘よ……」
「そう思いたい気持ちは分かるが、噓じゃない。俺が無理やり抱いたわけじゃない。お前の方から求めてきたんだよ」
「やだっ!そんな風に言わないでよっ!」
私は耳を塞いだ。諒が嘘を言っているようには思えなかったが、まさか自分がそんな大胆なことをするなんてと信じられない。それにしても、諒はこの責任を取れと言うけれど、女の私に取れる責任など果たしてあるのか。ふと思いついたことがあって、私は恐る恐るそれを口にする。
「あの、責任の話、ですけど。一応ですね、最後までしてしまったみたいなので、これで完了ということになるのでは……?」
「完了だって?」
諒の声のトーンが下がった。しかもそのまま黙ってしまった。恐いと思った。けれど、私には甘い諒のことだからこのまま見逃してくれるかもしれないと期待した。それからもう一つ大事なことを思い出して、私は付け加える。
「あの、確認ですけど、今夜のことは、もちろん内緒にしておいていただけますよね……?」
「内緒って、瑞月と寝たってこと?」
「そういう直接的な言い方しないで……」
私は恥ずかしくなって諒から目を逸らした。
彼はくすっと笑う。
「俺には付き合っている人はいないから、バレても全然問題ないんだけど」
「いえ、ぜひ内緒にしてください。誰にも言わないで。もちろん、凛ちゃんにもよ。私も誰にも言わないから。それじゃあそういうことで、私はそろそろ帰りますので……」
私はベッドから降りようとした。しかし諒に捕まって、ベッドの上に引き戻された。勢い余って仰向けに倒れてしまった私を、諒が上から見下ろしている。
「お前、そんなに酒が強いわけじゃなかったよな?どうしてあんなになるまで飲んだんだ?凛も驚いてたぞ」
「それは……」
言葉に詰まった私の顔を諒はじっと見ていたが、何かに思い当たったらしく、その面に納得の色を浮かべた。
「ははぁ……。別れたのか。この前の栞の結婚式の時に言っていた相手か?もしかして浮気でもされたか?」
「っ……」
諒は目元を緩めて、私の唇に指を這わせた。
「瑞月って、分かりやすい所は昔っから変わらないよなぁ。思っていることがなんでも顔に出る。だいたいさ、栞の結婚式の時にはあんなに幸せそうな顔していたのが、今夜はこんな状態じゃあな。もしかしたら……、って思われても仕方ないだろう。そういや凛も、予想はついてる、なんてこと言ってたな」
栞の結婚式があったあの頃、付き合って一年ほどの彼と結婚の話はまだ出ていなかったが、この先にあるのは明るい未来だと信じていた。しかし、彼の浮気が原因でその未来は消えてしまった。
幸せだった頃が思い出されて、涙がにじんできた。気を抜けば流れ落ちそうになるそれを諒に見られたくなくて、両手で顔を覆った。
「彼が浮気していたの。魔が差したんですって。私と別れるつもりはないって言ってた。でも、私、浮気くらいどうってことないなんて思えない。裏切られたっていう気持ちを抱えたまま、これからも彼と一緒にいることなんて、できないよ。私に見る目がなかったのかな。それとも私の何かがダメだったから、彼に浮気されちゃったのかな……」
私の口からは言葉が次々とあふれた。本当は、誰かにちゃんと話を聞いてほしかったのかもしれない。
私の髪を撫でながら、諒は静かな声で言う。
「瑞月が男と付き合った話って、今回初めて聞いたんだったな」
諒は過ちで関係を持ってしまった相手だ。それなのに、どうして私はぺらぺらと自分の失恋話をしているのだろうと、ふと冷静になった。けれど私に触れる彼の手があまりにも優しくて、それに促されたかのように言葉が止まらない。
「私、男の人と付き合ったことがなかった。学校は女子校だったし、家を出たい一心で勉強ばっかりしてた。大学でも特に好きになった人もいなくて、男性経験もないまま社会人になった。そんなだから、上手に恋愛もできなくて……」
「恋愛に上手いも下手もないと思うけど」
諒は私の髪を撫で続けていた。
心地よい彼の手のひらの優しさに、気持ちが解けていく。私は顔を覆っていた手を退けて微笑んだ。
「今夜は迷惑かけて本当にごめんなさい。色々と反省してる。……もう、帰るね」
私は体を起こし、諒に背中を向けた。私を引き留める声がする。
「もう遅い。このまま泊まっていけよ」
「そういうわけにはいかないよ。私の部屋まではそんなに遠くもないから、帰る」
「待てよ。せっかく無事に連れ帰ってきたのに、こんな時間に一人で帰せるわけがないだろ」
「大丈夫だったら」
「だめだ」
再び諒の手に捕えられ、そのままベッドの上に押し倒された。
「帰して」
「だめ、帰さない。俺、明日は休みだから、送ってくよ。……ところで瑞月」
諒は優しい手つきで私の頬を撫でた。
「お前は今日、恋人と別れたんだよな?」
「予想外だったけどね」
「だったら、今夜の俺とのこと、浮気にはならないよな」
「……そう、なるのかしらね」
諒との生々しい場面が頭に浮かんできて、私は口ごもった。恥ずかしくてたまらない。
「だったら、お前を恋人にしたって構わないよな?」
「恋人?いきなり何を言い出すの?だって諒ちゃんは」
「どうせ、幼馴染だから、とか言うんだろ」
「そうよ。諒ちゃんは私にとって、お兄ちゃんみたいな人だもの」
そう思っていたし、思っている。だからこそ、体を重ねてしまったことを後悔しているのだ。
諒は私の唇の上にそっと指を走らせる。
「期間限定でいいから、俺の恋人役、やってくれないか」
「恋人、役?」
いったい何を言っているのかと、私は苦笑した。
「まったく……。そんなばかばかしいこと、よく思いつくわね。どうかしてるよ。そう言えば昔も『付き合ってるふり』をさせられたことがあったわね」
諒は苦笑いを浮かべ、ため息をつく。
「最近になってまた、そんな感じの面倒事が起きそうなんだよ」
「さっき言った、昔のあの時みたいな、ってこと?」
「あぁ」
「いったいどういうこと?」
面倒事の詳しい内容が気になった。起き上がった私は説明の続きを促すように、諒の顔をじっと見つめた。