翌年、斜里の町にも初夏が訪れた。
あれから、美宇が応募したコンテストの作品は、大賞を受賞した。
斬新かつ繊細な陶器の人形は、瞬く間に話題となり、創作界に新風をもたらした。
受賞後は注文が次々と舞い込み、美宇は人形作家としての第一歩を踏み出した。
そして、彼女のフィアンセが陶芸家の青野朔也だと知れ渡ると、さらに話題を呼び、朔也の顧客からも注文が入るようになった。
現在美宇は注文品の製作に追われ、慌ただしい日々を送っていた。
そして今日は、朔也と美宇の結婚式だった。
悩んだ末、美宇は斜里町での挙式を選んだ。
札幌や東京でもいいと朔也は言ってくれたが、美宇は二人が出会ったこの街での式を望み、この場所に決めた。
式の準備は、すべてブライダルプランナーに任せた。
披露宴は蓮と綾の店を借り、札幌の店からシェフを招いて料理を振る舞う予定だ。
普段忙しい曽根夫妻には、この日だけはゆっくり楽しんでもらえるようにと、朔也が手配した。
そして式は、オホーツク海を望む海辺に会場を設け、人前式で行われる。
挙式の時刻が迫る中、美宇は朔也の自宅で着付けを受け、メイクの最終チェックをしていた。
ウエディングドレスは、お腹周りに少しゆとりのあるデザインを選んだ。
なぜなら、美宇は現在妊娠四ヶ月で、お腹には二つの小さな命が宿っているからだ。
「お腹がまだ目立たなくてよかったわね」
「そうね、お母さん」
「双子だと、これからどんどん大きくなるから、用心しなさいよ」
「うん、分かってる。朔也さんが過保護なくらいだから大丈夫よ」
娘の言葉に、母・麻子(あさこ)の顔がほころんだ。
美宇の妊娠が分かってから、朔也は以前にも増して彼女を気遣った。
掃除や夕食の準備はほとんど朔也が担当し、その他の家事も積極的に手伝っていた。
「本当にあなたは大事にされて幸せね。お母さんが妊娠した頃なんて……」
「はいはい。お父さんの愚痴はもういいわ。胎教によくないでしょ」
「あらっ、それもそうね、うふふ」
そのとき、ノックの音が響き、朔也の母・栄子(えいこ)が姿を現した。
「まあ~、なんて綺麗なの! 美宇ちゃん、素敵よ!」
「ありがとうございます」
「さ、栄子さんもどうぞ座ってくださいな」
「ありがとうございます」
朔也と美宇の両親は、東京で顔合わせをして以来、すっかり打ち解けていた。
特に母親同士は、昔からの知り合いのように意気投合していた。
「ところで栄子さん、東京へはいつ来てくださるの?」
「そうねぇ、美宇ちゃんの出産前に一度お邪魔しようかしら」
「ぜひいらして! いろいろ案内するわ」
「ありがとう。楽しみね~」
盛り上がる二人を見ながら、美宇は思わず微笑んだ。
朔也が言っていた通り、彼の両親は仲睦まじかった。
二人一緒のときは、互いに「ダーリン」「ハニー」と呼び合い、腕を組んでぴたりと寄り添っている。
その影響もあってか、最近では美宇の母も夫に関心を寄せ、夫婦仲が深まっているように見える。
初孫の誕生を控え、夫婦間の話題も尽きず、母の愚痴は以前よりも少なくなっていた。
(幸せの相乗効果?)
美宇はそう思いながら、思わずフフッと笑った。
一方、海辺に設けられた会場では、父親二人が笑顔で談笑していた。
その周りを、蓮と綾の子供、昴と星奈がおめかしをして走り回っている。
二人は今日の式で、フラワーボーイとフラワーガールの大役を任されている。
「札幌の暮らしはいいですよ~」
「そうらしいですね。ゴルフ場もたくさんあるし、近くの海に行けば釣りも楽しめる。何より自然に恵まれていて道も空いているから、東京と違ってストレスフリーで羨ましいですよ」
「でしょう? 七瀬さんもぜひ移住されては?」
「いや、最近それもありかなと。なにより女房がねえ……初孫でしょう? しかも双子と聞いたら、娘のところに手伝いに行くって、もう聞かなくてね」
「ははっ、だったらもう来るしかないですね。よかったら、いい不動産屋を紹介しますよ」
「ありがとうございます。私もあと数年で定年ですから、そのときはぜひお願いします」
「お任せください」
男同士の会話は尽きることなく、笑い声が絶えなかった。
その隣では、医師の高見沢圭と関谷絵美が、すました顔で座っていた。
「緊張するな~」
圭がつぶやくと、絵美が励ますように言った。
「結婚式の立会人なんて、今まで何度もやったんでしょう? だったら、大丈夫!」
「そうは言っても、著名陶芸家の結婚式だぞ。業界関係者もちらほらいるし、まいったな~、緊張するな~」
「何言ってんの! そんなことで『高見沢メディカルクリニック』の院長が務まるの?」
「務まらないかも」
「こらこら、そんなに頼りなくてどうすんのよ!」
「だって、こういうの久しぶりだからさあ」
そのとき、絵美が「やれやれ」といった表情で言った。
「そんな頼りないパパじゃ、困りまちゅねー」
絵美はまるで、小さな子供にでも語りかけるように、自分のお腹に向かって言葉を投げかける。
それに気づいた圭は、急に真顔になった。
「絵美? まさか……」
その問いに、絵美は微笑んで答えた。
「式が終わってから言おうと思ってたんだけどな……。今、二ヶ月だって」
その言葉に、圭は勢いよく椅子から立ち上がり、両手を高く掲げて叫んだ。
「うぉぉおおおーーーっ!」
その声に驚いた参列者が一斉に圭を見つめた。
すると圭はさらに声を張り上げた。
「うちの家内のお腹に赤ちゃんがいまーす! もうすぐパパになりまーす!」
興奮した圭の宣言に、たちまち温かな拍手が広がった。
「おめでとう!」
「やったね!」
「少子化に貢献して偉いぞー!」
「パパさん、しっかりー!」
皆に祝福されながら、圭は恥ずかしそうに頭を掻き、ぺこぺことお辞儀をした。
その頃、美宇のそばでは、母親二人に朔也も加わり、四人で談笑をしていた。
そこへウエディングプランナーが現れ、挙式の時刻を告げた。
「じゃあ美宇、先に行ってるからね」
「はい」
「お義母さん、美宇をお願いします」
「大丈夫ですよ、会場までちゃんと付き添いますから」
「よろしくお願いします。じゃあ母さん、行こうか」
「ええ。美宇ちゃん、麻子さん、後でね」
「はい、では後ほど」
朔也と母・栄子の姿が見えなくなると、美宇はゆっくり立ち上がり出口へと向かった。
(この家から嫁げるなんて幸せ……)
美宇の運命を変えてくれたこの場所は、彼女にとってかけがえのない場所だった。
そしてその場所は、これから家族の安らぎの場へと変わっていくだろう。
母親と介添え人に付き添われ、美宇は工房を出て道路を渡り、浜辺へと降りていった。
花嫁姿の美宇に気づいた参列者たちは、感動のため息や歓声を漏らす。
その中でもひときわ目立ったのは、東京時代の同僚・松本麻友の叫び声だった。
「きゃーっ! 美宇、綺麗! おめでとう!」
美宇はバージンロードのスタート地点まで辿り着くと、麻友に向かって小さく手を振った。
そのとき、美宇の母が娘の手を夫に託した。
「じゃあ、あなた、頼みますよ」
美宇の母は笑顔でそう言い、参列者の席へと移動した。
やがて、ウェディングマーチが流れ始める。
「美宇、おめでとう。幸せになるんだよ」
父の言葉に、美宇の瞳には涙が溢れそうになった。
「お父さん、ありがとう……私、幸せになるから」
「ああ。朔也くんなら大丈夫だ」
父はそう言って微笑むと、娘の手を自分の腕に添えた。
いよいよ結婚式がスタートした。
父と並んで歩く美宇の目には、優しい人々の顔が映っていた。
兄の陽斗も、婚約者の橘夏美と参列していた。
二人はこの秋に結婚を控えている。
アパートの大家の瀬川や陶芸教室の生徒たちも、微笑みながら拍手を送っていた。
美宇は感動に包まれ、こみ上げる涙を必死にこらえた。
さらにバージンロードを進むと、親族席の近くに蓮と綾がいた。
綾は大役を務める子供たちを見守りながら、美宇に声をかける。
「美宇ちゃん、綺麗よ! おめでとう!」
笑顔で拍手を送る綾の隣で、蓮はカメラを構えている。
二人は美宇がこの街に来て以来、ずっと見守ってくれた大切な存在で、感謝してもしきれなかった。
綾と目が合った瞬間、思わず涙がこぼれ落ちそうになる。
それに気づいた綾が、笑顔で口を動かした。
『頑張れ!』
その言葉に勇気づけられた美宇は、ぐっと涙をこらえ、しっかりと前へ進んで行った。
「お前は、いろんな人に見守られてきたんだな……」
父がぼそりと呟くと、美宇は大きく頷く。
そのとき、美宇の瞳に朔也の凛々しい姿が映った。
グレーの衣装をまとった朔也は、まるで王子様のように素敵だった。
美宇の妊娠が分かったとき、朔也は心から喜んでくれた。
お腹の子が双子だと分かったときは、さらに歓喜した。
あのときの朔也の嬉しそうな顔は、今も美宇の心に焼き付いている。
娘の手を朔也に託すと、父が言った。
「娘をよろしくお願いします」
「お預かりします」
男同士言葉を交わすと、父は母の隣へ行き、美宇は朔也にエスコートされて前へ進んだ。
目の前には、初夏のさわやかな日差しを受け、キラキラ輝くオホーツクブルーの海が広がっていた。
ときおり海鳥が声を上げ、風に揺れる海面をかすめていく。
波はとても穏やかで、繰り返される波の音が参列者の耳に心地よく響いていた。
愛を誓い合う二人の間を、優しい風がそっと通り抜けた。
それはまるで、二人の結婚を祝福しているかのようだった。
穏やかな海は、これから二人が歩む未来を映し出していた。
オホーツクブルーの恋風は、幸せに満ちた海辺の挙式を静かに包み込み、そっと優しく見守っていた。
<了>
明日、もう一話、おまけのショートストーリーをアップしますので、どうぞお楽しみに✨ 瑠璃マリコ🌌
コメント
19件

番外編、流石です! 私が望んでいたストーリーよりも遥かに素晴らしい内容でした!
番外編ありがとうございます💕美宇ちゃんの作品が受賞👏👏おめでとう( *´꒳`*) キャー💗💗双子ちゃんを授かってHappyで最高の結婚式💒✨ 朔也さんは既に労ってくれる頼もしい旦那様💕 産まれたら賑やかな毎日だろうなぁ。祖母達にも頼らないとね🧡幸せの連鎖まで素晴らしい🧡
マリコ先生、最高の番外編!! コンテストにご懐妊㊗️の目白押し🩵 たくさんの幸せをありがとうございます🩷