テラーノベル
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翌朝、沙夜は寝不足気味に目を覚ました。
昨日の出来事が何度も頭をよぎり、ほとんど眠れなかった。
まずショックだったのは、司に想い人がいるという事実。
そして、彼の目に自分の姿が映らないという現実だった。
見合いを間近に控えた今、司は沙夜の写真を見ているはずだ。
昨日、二人の視線が交わった瞬間があったのに、彼はまるで遠くの景色を眺めるような目をしていた。
そこには、沙夜を認識した気配も、興味を抱いた様子もない。
あれはきっと、沙夜のことが見えてない――沙夜はそう確信した。
もしこれが映画やドラマでよくあるタイムリープなら、きっとやり直せるはず――沙夜はそう思っていた。
これから司と見合いをするのだから、結婚を決める前に立ち止まることもできる。
密かにそう期待し、お見合いでどう受け答えをするかまで少しずつ考えていた。
しかし、彼が本当に沙夜の姿を認識できないのだとしたら、その計画はすべて無意味になる。
見合いの日が迫る中、沙夜は焦る気持ちを抑えられなかった。
同時に、この世界の暮らしに馴染まなければならないという思いもあった。
このまま一生ここで生きることになるかもしれない――そう考えると、胸が押しつぶされそうなほどの悲しみが込み上げる。
それでも逃げ場のない今は、この世界に慣れるしかなかった。
この日の午後。
常務を出口まで見送ったあと、沙夜は秘書室へ戻ろうとエレベーターを待っていた。
常務は出先から直帰するため、今日は沙夜も定時で帰れる。
このあと事務作業を一時間ほどこなせば、仕事は終わる。
到着音が「ポン」と響き、沙夜はエレベーターに乗り込もうとした。
しかし、本店営業部の部長と融資課長の姿が目に入り、沙夜はさっとよけて“開く”ボタンを押し続けた。
部長は軽くうなずきながら、取引先と思われる数名の男性を引き連れて出口へ向かう。
その中に司の姿を見つけ、沙夜は思わず「あっ」と声を漏らした。
「ん? どうした?」
一番後ろにいた融資課長が気づいて沙夜に声をかける。
「い、いえ……何でもありません。いってらっしゃいませ」
「うん、じゃあ行ってきますね」
融資課長はにっこり笑って司たちの後を追った。
思わぬ形で司に出会ってしまい、沙夜の心臓はどきどきと高鳴った。
やはり司は沙夜を見ても表情ひとつ変えない。
その視線は沙夜を素通りし、奥のATMコーナーへ向けられているようだった。
(やっぱり私のこと、見えてないんだ。困ったわ、どうすればいいの……)
呆然としたまま、誰もいなくなったエレベーターへ乗り込もうとしたそのとき――エントランスから声が響いた。
「ちょっと待って~!」
沙夜は慌てて“開く”ボタンを押した。
そこへ、恰幅のいい女子行員が飛び込んできた。
駆け込んできたのは、沙夜の秘書室の先輩・宇佐美聡子だった。
「財前さん、サンキュー」
「お疲れ様です。外出されてたんですか?」
「うん。副頭取が“カフェインレス”のコーヒーが飲みたいっていうからさあ」
宇佐美はそう言って、カフェの紙袋を掲げて見せた。
「副頭取、また胃が悪いんですか?」
「そうみたい。まったく、接待の次の日はいつもこれだもん。参っちゃうよね~」
ハンカチで汗をぬぐいながら、宇佐美は続けた。
「そういえば、今、エントランスですれ違ったんだけど、財前さんも見た?」
「え?」
「ほら、あの御曹司……西園寺コンツェルンの……なんて言ったっけ?」
その言葉に、沙夜は先ほど見た司が確かにそこにいたのだと確信した。
「西園寺コンツェルンの西園寺司さんですよね?」
「そうそう、その西園寺司! 初めて近くで見たけど、超イケメンよねぇ~。思わず見とれちゃったわ」
そう言い終えると、宇佐美はハッと思い出したように続けた。
「そういえば、梨花ちゃんから聞いたでしょう?」
「え? 何をですか?」
「名前を聞かれたことよ」
「名前?」
「あの西園寺司さんから!」
「?」
「あら、やだ、聞いてないの? 先月だったかな。西園寺司がここに来たときの話よ。てっきり梨花ちゃんから聞いてると思ったのに……あの子、言ってないの?」
「どんな話ですか?」
気になった沙夜は宇佐美に尋ねた。
「ちょうど一か月くらい前かな。西園寺司が来たとき、あなたロビーで花を活けてたでしょう?」
沙夜は一か月前の記憶を手繰り寄せた。
現実世界では十一か月前のことになるため、すぐには思い出せない。
「えっと……ああ、あの日ですね!」
ようやく記憶がつながり、沙夜は答えた。
その日は、いつも依頼しているフラワーデザイナーが急に来られなくなり、華道を嗜んでいた沙夜がピンチヒッターとしてロビーの生け花を任されたのだった。
花材の中にはこれまで使ったことのない種類もあり、沙夜は作業に集中していたため、ロビーを誰が通ったかなどまったく覚えていなかった。
「そう。あのとき、西園寺司がロビーを通ったのよ」
「そうだったんですか? 全然気づきませんでした」
まさか見合い前に面識があったなどとは夢にも思わず、沙夜は驚きを隠せなかった。
「でね、あなたが花を活けてるのを見て、西園寺司が部長にあなたの名前を聞いたらしいのよ」
その言葉に、沙夜は大きく目を見開いた。
「私の名前を……ですか?」
「ええ。部長が言ってたわ。きっと西園寺さん、あなたに一目惚れしたんじゃないかってね」
そんな話は聞いたことがなく、沙夜はさらに驚いた。
「でも、誰からもそんな話、聞いていませんけど……」
「おかしいわねぇ。私、あの日、梨花ちゃんに話したのよ。それで、財前さんにも伝えておいてねって言ったのに、言ってないんだ」
「はい、聞いていません」
「やだ、なんで言わなかったのかしら」
「……きっとうっかり忘れたんじゃ?」
「そうかなあ。でも大ニュースでしょう。だって、あの西園寺司よ! 今や日本中を賑わすイケメン御曹司よ! 気高く誇り高い彼が、自ら女性の名前を聞くなんて、絶対何かあるって思うじゃない?」
「……そう……でしょうか?」
「そうよ。いい? きっと近いうちに、お父様から彼とのお見合いの話が来る……私はそう睨んでるんだから」
「……」
まさにその見合い話がすでに来ているため、沙夜は何も言えなかった。
「え? まさか、もうお見合いの話が来てたりして?」
「実は、そうなんです……」
ちょうどそのとき、エレベーターが目的の階に着き、二人は降りた。
「私の勘は当たったわね。まあでも、お見合いなんて形だけで、彼は絶対あなたをお嫁さんにする――きっとそう思ってるはず。だって、名前まで聞き出したのよ。ふふっ、これからが楽しみね」
宇佐美はそう言ってにやりと笑い、沙夜の肩を軽く叩いた。
「じゃあ、私、コーヒー届けてくるから、先に行ってて」
「あ、はい……」
宇佐美が去っていく後ろ姿を、沙夜は信じられない思いでじっと見つめていた。
コメント
13件
梨花は、面白くないんだろうな。 司さんがお見合いを申し込んで来たのは一目惚れってのわかるなぁ。

梨花が黒でなんかやらかしているだね。私が想像していたのとは違う感じの展開になりそう?
司さん、会社で沙夜ちゃんを見かけて名前まで聞いていたなんて…🤭💕 お見合いが決まる前から気になっていたのかな??謎だらけの司さんの本心が気になり過ぎる…!
管野アリオ
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#執着
猫とろ
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瑠璃マリコ
17,615
#狂愛
柏木さくら
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