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六日前の午後、空はよく晴れていた。けれど山の稜線の向こうには、白い雲がいくつも重なっている。雨の気配をまだ持った春の空だった。
星降る橋の上には、祭りの主だった面々が集まっていた。アルヴェが巻いた図面を広げ、ヴィタノフは黙って床板を足先で確かめ、コスタチンはその横で工具箱を抱えている。トゥランは欄干の間隔を目で測り、危ない場所に白い布を結んでいた。
サベリオは橋に足を乗せた瞬間、古い木のきしみを聞いた。いつもなら気にも留めない音なのに、その日は妙に耳に残る。
「この板、少し柔い」
コスタチンがしゃがみこんで言うと、ヴィタノフが無言で頷いた。二人は釘の浮きや継ぎ目のずれを一つずつ確かめていく。
アルヴェは眉間を押さえた。
「補修が必要なのはわかる。だが全部を張り替える時間も金もない」
「全部じゃない」とヴィタノフが短く答える。
「落ちるところだけでいい」
その言い方はぶっきらぼうなのに、不思議と乱暴には聞こえなかった。必要なことだけを言っている声だった。
橋の中央では、デシアが小さなマイクを欄干に近づけていた。吹き抜ける風が金属を震わせ、細い音を作る。彼女は目を閉じ、風の向きが変わるたびに立つ位置をずらした。
「あんまり端に行くなよ」
サベリオが思わず声をかけると、デシアは振り向いた。
「内側にいる」
「でも滑るかもしれない」
「今日は乾いてるよ」
その通りだった。なのに胸がざわつく。欄干の向こうをのぞき込む彼女の細い背中が、やけに心もとなく見えた。
アルヴェが全体へ指示を飛ばし始める。鐘の位置、照明の吊り方、客の立ち位置。祭り当夜はここが主舞台になる。橋の上で鐘の音を響かせ、町の自然音と人の声を重ねる。その光景を思い浮かべると、たしかに美しい。けれど、美しいぶんだけ少し怖かった。
「サベリオ」
呼ばれて振り向くと、ヴィタノフが一本の釘を見せた。先がわずかに錆びている。
「次、雨が来たら早い」
「替える」
「全部見ろ」
短い言葉に、サベリオはうなずいた。橋の下へ回り、支柱の状態も確かめる。見上げた橋の裏側には、長い年月の色が染みついていた。町の人を何度も通し、春も冬も越えてきた木だ。
上ではデシアの笑う声がした。風の音がちょうどほしい高さで抜けたらしい。
サベリオは思わず見上げた。陽を受けた欄干の向こうで、デシアがマイクを空へ向けていた。
その姿はきれいだった。
きれいであるほど、落としてはいけないと思った。
#成り上がり
#死に戻り
#ハッピーエンド
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