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──夕方。音楽室に差し込む日が、静かにガラスを濡らしていた。

放課後の校舎に残る生徒はまばらで、誰もが用を済ませて帰り支度をする時刻。


遥は、ピアノの横の椅子に腰かけていた。背を曲げ、右足を抱え込むようにして。


日下部は、向かいの譜面台の前に立っていたが、演奏はしない。視線だけを静かに遥へと向ける。


「なあ……」


遥が、ぽつりと呟いた。

言葉の後が続かない。何かを言おうとした、でもすぐ引っ込めたような声だった。


日下部は、返事をしない。代わりに、一歩だけ近づいて、静かにしゃがみ込んだ。


その距離を、遥は見ていた。見て、なにも言わないまま、足を伸ばす。


日下部の膝に、遥の爪先が触れる。

軽い。わざとらしいほどに、わずかな接触だった。


「……こういうの、さ。おまえ、気持ち悪いと思う?」


淡々とした声音に、揺れがあった。冗談のような、それでいて笑ってはいない声。


日下部は答えない。


遥は、目を細めたまま、今度は両足を伸ばして、日下部の腿に軽く乗せた。靴は脱いでいた。

薄い白い靴下越しに、ふたりの間にある温度が交わる。


「──なにも言わないと、わかんねえよ。なに考えてんのか」


それは苛立ちでも挑発でもなく、静かな不安に似ていた。

拒まれても、怒鳴られても、ある意味では安心できる。

けれど日下部は、なにもしない。


ゆっくりと、遥の足を持ち上げて、そっと椅子の上に戻す。優しすぎるほどの手つきで。


「……ごめん。でも、それじゃ、だめなんだろうな」


日下部の言葉が、沈んだ空気を切った。


遥は、その言葉を、予想していたように黙って受け取る。


その沈黙が、ふたりの距離を少しだけ近づけた。



無名の灯 番外編

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