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一日目の仕事を無事に終えた夏帆は、終業時刻を迎えた。
事務方の定時は五時。
「お疲れ様でした」
と挨拶を交わしながら、社員たちはひとり、またひとりとフロアを後にしていく。
「じゃあ藤田さん、私も帰るね。お先に!」
「お疲れ様でした」
隣の席の美利に声をかけ、夏帆はその背中を見送った。
明日からは透也の秘書業務が始まる。
少しでも早く慣れたい夏帆は、今日のうちに下準備をしておこうと思った。
そのとき、トレーダーたちの席がにわかに騒がしくなった。
透也が歩きながら声を張り上げている。
「よーし! 今日はこのあと円高に振れるはずだ。円を買って買って買いまくれ~」
ロンドンタイムが始まり、為替のトレードが活気づいているようだ。
証券会社にいた頃はトレーダーの仕事を生で見ることはなかったため、夏帆は興味津々で視線を向けた。
そのとき、透也と目が合った。
「夏帆ちゃん、少し見学する?」
突然の誘いに驚きつつも、興味が勝り「はい」と返事する。
「じゃあ、こっちへおいで~」
普段とは違う柔らかな声に、トレーダーたちがすかさずはやし立てた。
「中条さん、どうしたんですか、その猫なで声」
「ほんとですよ、いつもと真逆じゃないですか~」
からかう部下たちに、透也は笑いながら返す。
「ははっ、俺は新人さんには優しいのよ」
「ずるいなあ。俺たちにも優しくしてくださいよ~」
「そうですよ。俺たちは相場に振り回される毎日で、心がへとへとに疲れてるんですから~」
「何言ってんだ。君たちはロンドン野郎やニューヨークヤンキーに上下に振られても、全然堪えない鋼の心を持ってるじゃないか」
透也の言葉に、トレーダーたちはどっと笑い声を上げた。
そのとき、突然ひとりのトレーダーが叫んだ。
「ほら来ましたよ、ロンドン勢の大暴れ! 中条さんの言った通り、今日は円高方向ですね」
それを聞いた透也が、さらに声を張り上げる。
「ロンドン勢はストップを巻き込んで一気に下げるつもりだ。だから、俺たちもその波に乗らせてもらおうじゃないか。どんどん売ってショートしまくれ!」
「「「「はいっ!」」」」
フロアは一気に熱気を帯びた。
為替トレーダーたちは真剣な表情でマルチ画面を見つめ、次々と売りを仕掛けていく。
夏帆はその迫力に、思わず息を呑んだ。
透也がそばに来て、説明を始める。
「ここが為替チームね。で、あっちが株式担当の席」
「すごいです……前の会社ではトレードの様子は見られなかったので……」
「このビルは広いから、全部ワンフロアに配置してあるんだ。その方が全体を見渡せて指示も出しやすいしね」
「なるほど……」
透也は若手トレーダーの席に近づき、画面を指しながら実際のトレードの様子を説明してくれた。
画面右上には、今まさに動かしている金額が表示されており、その数字は億を軽く超えていた。
「すごい額……」
「だろ? 為替は一分一秒を争う世界なんだ。突発的な動きがいつ入るか分からないから、一瞬でも目を離したらアウトなんだよ」
透也の言葉に、若手トレーダーが笑いながら口を挟む。
「そうなんです。だから、僕たちはトイレに行くのも命がけなんですよ」
「おいおい……だからって、ペットボトルにするなよな」
「こらこら、レディの前でなんとはしたないことを!」
軽口を叩き合う二人に、夏帆は思わずクスッと笑った。
真剣な取引の最中でも余裕を見せる彼らは、駿介よりもさらに高い能力を持っているのではないかと思えてくる。
(ここって、もしかして天才トレーダーの巣窟?)
証券会社で見てきたトレーダーたちとは、明らかに雰囲気が違う。
皆おしゃれな私服に身を包み、腕には高級そうな時計。
真っ黒に日焼けしたサーファー風の男性や、髭を整えたおしゃれなロン毛の男性など、個性豊かな面々がそろっている。
その姿からは、オンとオフを上手に切り替え、私生活や趣味を存分に楽しんでいる――そんな空気が漂っていた。
(ファンドってすごい……。想像していたのと全然違う)
胸の奥で、静かな感動がふくらんでいく。
そのとき、透也が夏帆に尋ねた。
「夏帆ちゃん、今日はもう帰れるの?」
「はい」
「じゃあ、一緒に帰ろうか」
「えっ?」
「俺も今日はここまで。じゃあ、みんな、あとはよろしく頼んだよ」
「「「「承知でーす」」」」
トレーダーたちに見送られながら、透也は夏帆のデスクまでついてくる。
夏帆が私物をバッグにしまうのを見ながら、ぽつりとつぶやいた。
「なんか腹減ったな―。飯食って帰ろうか」
まだ残っている社員たちが、にやにやと二人を見ている。
それに気づいた夏帆は、小声で注意した。
「あんまりそういうこと、職場で言わない方が……」
「大丈夫だよ。うちの会社は細かいこと気にしないから」
透也はそう答えると、「じゃあ、お先に~」と挨拶をしながら出口へ向かった。
夏帆も慌てて「お先に失礼します」と言い、透也のあとを追う。
エレベーターの前まで行くと、ちょうど扉が開き、二人は乗り込んだ。
「夏帆ちゃんは、何食べたい?」
「えっと……特には……」
「じゃあ、マンションの近くにある美味い蕎麦屋を教えてあげようかな」
「お蕎麦? お蕎麦、大好きです!」
「じゃあ、そこにしようか」
透也はご機嫌な様子でにっこり笑った。
思いがけない展開に、夏帆は心の中でつぶやく。
(転職して初勤務の日に、まさかCEOとご飯を食べて帰るなんて……想像もしてなかった)
ちょうどそのとき、エレベーターが一階に到着した。
扉が静かに開く。
夏帆は、前を歩く上司であり隣人でもある透也の背中を、慌てて追いかけた。
コメント
10件
透也さんの会社は、ホントに素敵な会社だ~~😆 トレーダーの皆さんも、イキイキして、思う存分、能力発揮出来て、ますます業績アップの会社、間違いないね👍 何とな~く、皆さんが二人を温かく見守ってる気がするんだけど?( *´艸`) きっと、夏帆ちゃんが来てから、社長の透也さんのテンションが、今までとは違うんだろうね…♡⸜(˶˃ ᵕ ˂˶)⸝♡
透也さん、仕事モードになるとまた雰囲気変わるね🤭✨ 夏帆ちゃん、これから毎日こんな透也さん見れるんや♡ どんどん惹かれちゃいそうね(*ฅ́˘ฅ̀*)♡ 仕事終わりに一緒にお蕎麦デート 🤭💖楽しみ♡♡♡
素敵な職場ですね〜✨まさにホワイト企業🤍🏢 CEO透也さんのお陰ですね👍👍✨CEOをはじめ素敵な社員が目白押しで夏帆ちゃんも感動🥹💝 そして(引っ越し)蕎麦に舌鼓😋楽しいアフター5になりますように🙏💕 くれぐれもストーカーされませんように💦