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相談者は、椅子に座ってからも落ち着かなかった。
脚の位置を何度か変え、視線も定まらない。さっきまで言葉にしていた怒りや悔しさとは違う、もっと言いづらい感情が喉につかえているようだった。
「……これ、言っていいのか分かんないんだけど」
遥は、促さない。
ただ待つ。
「“被害者ぶってる”って思われるのが、すげえ怖い」
その一言で、相談者は自分を責めるように小さく笑った。
「実際、言われたこともあるし。直接じゃないけど、“あの人まだ引きずってるらしいよ”とか、“被害者ヅラだよね”とか」
遥の表情は変わらない。ただ、わずかにまぶたが下がる。
「それ聞いてからさ……」
相談者は、声を低くした。
「何も言えなくなった。つらいとも、苦しいとも、もう言えない」
拳が膝の上で固くなる。
「言った瞬間、“ほら来た”って思われる気がして。空気が一気に冷える気がして」
遥は、静かに言った。
「言葉を出す前に、自己検閲が入るようになったな」
「……そう」
相談者は小さく頷く。
「自分の中で、“これは言っていいか”“これは被害者ムーブか”っていちいちチェックしてる。もう癖だ」
一瞬、沈黙。
「で、気づいたらさ」
相談者は唇を噛む。
「全部、黙るしかなくなった。何も言わないのが一番マシだって思って」
遥は、視線を上げた。
「何も言わない代わりに、何を引き受けてる?」
相談者は少し戸惑ってから答えた。
「……自分の中で、全部」
遥は、その答えを否定しなかった。
「被害を語ることが、“キャラ”にされるのが怖いんだな」
相談者は、はっとした表情になる。
「そう。そうなんだ」
少し早口になる。
「いじめられてたってだけで、性格まで決められる。弱いとか、暗いとか、面倒くさいとか。そういう目で見られるのが耐えられない」
遥は低く息を吐いた。
「だから、普通にしようとする」
「そう」
「でも、“普通”にしている間に、自分の痛みだけが居場所を失う」
相談者は、ぎゅっと目を閉じた。
「……言われたんだ。“もう終わった話だよね”って」
声が震える。
「その瞬間、“あ、自分がこれ以上話したら、厄介な人になる”って分かった」
遥は、机の上に視線を落としたまま言った。
「“被害者っぽい”って言葉は、便利な刃だ」
相談者が顔を上げる。
「苦しんでる側の口を塞ぐのに、ちょうどいい」
相談者の喉が、かすかに鳴った。
「だから、怖くなる。これ以上、嫌われたくないから」
「嫌われないために、自分を削る」
遥の声は淡々としていたが、薄く痛みが滲んでいた。
「それは、“加害が終わっていない”状態だ」
相談者は驚いたように瞬きをする。
「……え?」
「表面では終わってる。でも、“語る自由”が奪われたままだ」
遥は続ける。
「沈黙させられてる限り、その出来事はまだ現在形だ」
相談者は、しばらく何も言えなかった。
「……じゃあ、どうすればいい」
問いは弱く、でも必死だった。
「言えば被害者扱い。言わなきゃ一人で抱える。どっちにしても詰んでる」
遥はすぐに答えを出さない。
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#執着攻め
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「“被害者っぽい”って評価は、事実じゃない」
やがて、静かに言う。
「ただの他人の都合だ。聞きたくない人間が使うラベル」
相談者は、ぎこちなく笑った。
「でも、ラベル貼られたら終わりじゃん」
「終わらない」
遥は、はっきり言った。
「本当に終わるのは、“自分が黙る理由を、自分まで信じたとき”だ」
その言葉に、相談者の目が揺れ動いた。
「被害を語ることと、被害者で居続けることは別だ」
遥は言葉を選ぶ。
「語ることは、自分の経験を回収する作業だ。奪われたまま置かないための」
相談者は、ゆっくりと呼吸を整えた。
「……でも、全部は無理だ」
「全部じゃなくていい」
遥は頷く。
「言える場所と言えない場所がある。それを選ぶのは、“弱さ”じゃない」
相談者は、少しだけ肩の力を抜いた。
「ここでは、被害者っぽくてもいい」
遥は、淡々と言った。
「ここでは、被害を受けた人間でいていい」
その言葉は、同情でも慰めでもなかった。
許可に近いものだった。
「被害者扱いが怖くて、自分を否定する必要はない」
遥は続ける。
「怖いと思うこと自体が、あの時間が確かに存在した証拠だ」
相談者は、目頭を押さえた。
「……ずっと、“もう黙っとこう”って思ってた」
「黙る選択も、生き延びる方法の一つだ」
遥は否定しない。
「でも、黙り続けたことを“間違い”にしなくていい」
相談者は、深く息を吐いた。
普通に振る舞うこと。
幸せそうな加害者を見ること。
そして、“被害者っぽい”と言われる恐怖。
それらは一本の線でつながっていた。
「今日は、よく話した」
遥はそれだけ言った。
相談者は立ち上がり、小さく頷いた。
世界は相変わらず不公平で、優しくはならない。
それでも、自分の苦しさに名前をつけてもいい場所があると知っただけで、背中の重さはほんの少し軽くなった。