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遥の相談室2

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遥の相談室2

60 - 第60話 「被害者っぽい」と言われる前に

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2025年12月07日

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相談者は、椅子に座ってからも落ち着かなかった。

脚の位置を何度か変え、視線も定まらない。さっきまで言葉にしていた怒りや悔しさとは違う、もっと言いづらい感情が喉につかえているようだった。


「……これ、言っていいのか分かんないんだけど」


遥は、促さない。

ただ待つ。


「“被害者ぶってる”って思われるのが、すげえ怖い」


その一言で、相談者は自分を責めるように小さく笑った。


「実際、言われたこともあるし。直接じゃないけど、“あの人まだ引きずってるらしいよ”とか、“被害者ヅラだよね”とか」


遥の表情は変わらない。ただ、わずかにまぶたが下がる。


「それ聞いてからさ……」


相談者は、声を低くした。


「何も言えなくなった。つらいとも、苦しいとも、もう言えない」


拳が膝の上で固くなる。


「言った瞬間、“ほら来た”って思われる気がして。空気が一気に冷える気がして」


遥は、静かに言った。


「言葉を出す前に、自己検閲が入るようになったな」


「……そう」


相談者は小さく頷く。


「自分の中で、“これは言っていいか”“これは被害者ムーブか”っていちいちチェックしてる。もう癖だ」


一瞬、沈黙。


「で、気づいたらさ」


相談者は唇を噛む。


「全部、黙るしかなくなった。何も言わないのが一番マシだって思って」


遥は、視線を上げた。


「何も言わない代わりに、何を引き受けてる?」


相談者は少し戸惑ってから答えた。


「……自分の中で、全部」


遥は、その答えを否定しなかった。


「被害を語ることが、“キャラ”にされるのが怖いんだな」


相談者は、はっとした表情になる。


「そう。そうなんだ」


少し早口になる。


「いじめられてたってだけで、性格まで決められる。弱いとか、暗いとか、面倒くさいとか。そういう目で見られるのが耐えられない」


遥は低く息を吐いた。


「だから、普通にしようとする」


「そう」


「でも、“普通”にしている間に、自分の痛みだけが居場所を失う」


相談者は、ぎゅっと目を閉じた。


「……言われたんだ。“もう終わった話だよね”って」


声が震える。


「その瞬間、“あ、自分がこれ以上話したら、厄介な人になる”って分かった」


遥は、机の上に視線を落としたまま言った。


「“被害者っぽい”って言葉は、便利な刃だ」


相談者が顔を上げる。


「苦しんでる側の口を塞ぐのに、ちょうどいい」


相談者の喉が、かすかに鳴った。


「だから、怖くなる。これ以上、嫌われたくないから」


「嫌われないために、自分を削る」


遥の声は淡々としていたが、薄く痛みが滲んでいた。


「それは、“加害が終わっていない”状態だ」


相談者は驚いたように瞬きをする。


「……え?」


「表面では終わってる。でも、“語る自由”が奪われたままだ」


遥は続ける。


「沈黙させられてる限り、その出来事はまだ現在形だ」


相談者は、しばらく何も言えなかった。


「……じゃあ、どうすればいい」


問いは弱く、でも必死だった。


「言えば被害者扱い。言わなきゃ一人で抱える。どっちにしても詰んでる」


遥はすぐに答えを出さない。


「“被害者っぽい”って評価は、事実じゃない」


やがて、静かに言う。


「ただの他人の都合だ。聞きたくない人間が使うラベル」


相談者は、ぎこちなく笑った。


「でも、ラベル貼られたら終わりじゃん」


「終わらない」


遥は、はっきり言った。


「本当に終わるのは、“自分が黙る理由を、自分まで信じたとき”だ」


その言葉に、相談者の目が揺れ動いた。


「被害を語ることと、被害者で居続けることは別だ」


遥は言葉を選ぶ。


「語ることは、自分の経験を回収する作業だ。奪われたまま置かないための」


相談者は、ゆっくりと呼吸を整えた。


「……でも、全部は無理だ」


「全部じゃなくていい」


遥は頷く。


「言える場所と言えない場所がある。それを選ぶのは、“弱さ”じゃない」


相談者は、少しだけ肩の力を抜いた。


「ここでは、被害者っぽくてもいい」


遥は、淡々と言った。


「ここでは、被害を受けた人間でいていい」


その言葉は、同情でも慰めでもなかった。

許可に近いものだった。


「被害者扱いが怖くて、自分を否定する必要はない」


遥は続ける。


「怖いと思うこと自体が、あの時間が確かに存在した証拠だ」


相談者は、目頭を押さえた。


「……ずっと、“もう黙っとこう”って思ってた」


「黙る選択も、生き延びる方法の一つだ」


遥は否定しない。


「でも、黙り続けたことを“間違い”にしなくていい」


相談者は、深く息を吐いた。


普通に振る舞うこと。

幸せそうな加害者を見ること。

そして、“被害者っぽい”と言われる恐怖。


それらは一本の線でつながっていた。


「今日は、よく話した」


遥はそれだけ言った。


相談者は立ち上がり、小さく頷いた。


世界は相変わらず不公平で、優しくはならない。

それでも、自分の苦しさに名前をつけてもいい場所があると知っただけで、背中の重さはほんの少し軽くなった。



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