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朝の光が、カーテンの隙間からゆっくりと差し込んでいた。
けれど、真白の目は眠っていなかった。
昨夜の夢――あの炎と血の匂いが、まだ肌に残っているようだった。
「……夢、じゃなかったのかもしれない」
小さく呟いても、返事はない。
リビングのソファには、アレクシスが座っていた。
彼もまた眠っていない。
指先で白い花びらを転がしながら、深く考え込んでいるようだった。
「君も……見たんだね」
真白の言葉に、アレクシスはゆっくりと頷いた。
「うん。あれは……俺たちの過去だと思う」
その瞳の奥には、恐れと懐かしさが同居していた。
真白は静かに彼の向かいに座る。
テーブルの上に置かれた花が、朝の光を受けて微かに揺れていた。
「俺が覚えてるのは――戦場だった」
アレクシスの声は震えていた。
「空は黒く、土は血の色で……君は、俺の前に立ってた」
真白は息を呑む。
脳裏に、昨夜の夢が重なる。
刃の音、火の粉、風。
そして、血に濡れた地面に倒れる“彼”の姿。
「……君は、俺を庇った」
アレクシスの言葉が、ゆっくりと零れ落ちる。
「それが、俺の最後の記憶なんだ」
沈黙が落ちた。
どちらも言葉を失い、ただ時間だけが流れる。
真白の胸が強く痛む。
それは同情ではなく、もっと根深い痛み。
知らないはずの過去なのに――まるで、自分の傷のように疼いた。
「僕たちは……どんな関係だったの?」
真白の問いに、アレクシスは目を伏せる。
「それが、思い出せない。ただ、“大切だった”ってことだけは……確かに覚えてる」
その言葉に、真白の喉が詰まる。
目の奥が熱くなる。
理由のわからない涙が、静かに頬を伝った。
アレクシスは驚いたように手を伸ばす。
その指が真白の頬に触れた瞬間――
光が走った。
鼓動がひとつ、世界を貫くように響く。
ふたりの視界に、同時に映像が流れ込む。
――広い草原。
――夜明け前の風。
――傷だらけの青年が、もう一人に微笑む。
『また、会おう。約束だよ』
それだけ。
たった一言の、永遠の約束。
映像が途切れ、ふたりは同時に息を呑んだ。
アレクシスの手が震えている。
真白も、胸の奥に焦げつくような熱を感じていた。
「……思い出した。君は――あのとき、俺の名前を呼んだ」
アレクシスの声がかすれる。
「なのに、俺は君の名前を呼び返せなかった。だから、また探そうと思ったんだ」
真白は何も言えなかった。
涙が零れるのを止められない。
窓の外では、朝の光が淡く揺れている。
その中で、ふたりの影が重なった。
現実なのに、どこか夢のよう。
魂の奥に刻まれた痛みが、静かに共鳴していた。
「……ねえ、アレクシス」
「うん?」
「もしそれが本当なら――僕たちは、また同じ約束をしてるんだね」
アレクシスは小さく微笑んだ。
「そう。君を見つけるために、生まれ直した」
その言葉は優しく、けれどあまりにも切なかった。
ふたりの間に流れる沈黙が、永遠のように長く感じられた。
そして真白は思った。
――記憶は、ただの過去じゃない。
きっと、まだ終わっていない約束の続きを呼び起こしているのだと。
その夜、真白は再び夢を見た。
霧の庭で、金色の光が言った。
「次は、君が俺を呼んで」
その声に応えるように、真白の唇が震えた。
――「アレク」。
目覚めたとき、胸の奥が静かに熱を帯びていた。