夜の帳が部屋を覆う。
窓の外では、街灯に濡れた路面が淡く光っていた。
真白はソファに座り、昨日の夢を思い返していた。
霧の庭、白い花びら、そして――戦場で庇われた記憶。
それは夢のはずなのに、胸の奥に生々しい痛みとして残っている。
「……こんなに、痛いものなのか」
小さく呟く。
記憶の欠片が身体に染み込み、まるで胸の奥で何かがざわめいている。
隣の部屋から、静かな足音。
アレクシスがやってきた。
青い瞳が、やさしく真白を見下ろす。
「……真白、痛みは大丈夫?」
その問いに、真白は顔を上げられない。
胸がぎゅうっと締め付けられ、呼吸が乱れる。
それは同情ではなく――魂の痕。
前世の記憶と現実の接触点が、痛みとして現れていた。
「触れても……いい?」
アレクシスが指先を差し伸べる。
恐る恐る、真白は頷いた。
その瞬間、鋭い痛みが胸に走った。
まるで心臓の奥で、過去と現在がぶつかるような感覚。
「……っ……」
声にならない声が漏れる。
「大丈夫。すぐ収まる」
アレクシスはそっと手を引かずに、真白の肩に触れた。
指先の温もりが、痛みを和らげる。
だが同時に、痛みの残像が体中に広がる。
魂の痕跡――それは、彼が真白を探していた証でもあった。
「……君の中にも、俺の記憶が残ってる」
「え……?」
「前世の、俺たちの時間。触れるたびに、痛みとして返ってくるんだ」
真白は震えた。
痛みは苦しいのに、どこか嬉しくもあった。
それは――確かに、魂が繋がっている証だから。
「……覚えてる?」
アレクシスの声が、低く響く。
「君が俺を守ってくれたこと、俺が君を探していたこと」
胸に手を当てると、痛みが少し和らぐ。
だが、遠くでまだ小さな残響が響いていた。
まるで、過去の風が今の身体を通り抜けているようだ。
「……触れるの、怖いけど」
真白は微かに笑った。
「でも、離れられない」
アレクシスはその言葉に微笑み、指先でそっと髪を撫でる。
光が淡く揺れ、部屋の空気が静かに震えた。
「痛みも、君を見つけるためのものだ」
「……そう、なの?」
「うん。俺たちは――もう二度と離れないために」
胸の奥に、暖かさと痛みが同時に広がる。
それは恐ろしくも、美しい感覚だった。
窓の外で雨がやみ、淡い月明かりが差す。
二人の影が重なり、魂の痕跡が静かに溶けていく。
痛みは残るけれど、その痛みもまた、二人を結ぶ証。
真白は小さく息を吐いた。
――触れると痛む。
でも、その痛みは確かに、彼がここにいる証拠だった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!