テラーノベル
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アパートに戻った美宇は、夕食を軽く済ませてから、出かける準備をした。
今回は真冬の峠で、かなり寒そうだ。
美宇は暖かいセーターの上にダウンを着た。
午後八時になりアパートを出ると、ちょうど朔也の車が到着した。
美宇は助手席のドアを開けて乗り込む。
「よろしくお願いします」
「うん、じゃあ行こうか」
朔也はそう言ってアクセルを踏み込んだ。
前回と違い、道路にはかなり雪が積もっていたが、朔也のSUVは力強く前に進んでいく。
これなら峠道も問題ないだろう。
美宇は少し安心した。
「今夜は綾さんたちも峠に来るんですよね?」
「いや、今回は違う場所で撮影するらしいよ」
「え?」
てっきり前回と同じメンバーだと思っていた美宇は驚いた。
それに気づいた朔也は、不安そうな彼女にこう言った。
「大丈夫! もう熊は冬眠してるから」
「あっ、はい……そうですよね」
美宇は笑ってごまかした。
(どうしよう……二人きりだなんて、緊張しちゃう……)
美宇が戸惑っているうちに、車はあっという間に峠の駐車場へ着いた。
車を降りた瞬間、美宇は夜空を見上げて叫んだ。
「わあ……前よりも星がいっぱい!」
「空気が澄んでるから、迫力があるだろう?」
「はい、すごいです!」
美宇が感動して空を見上げている間に、朔也は車からアウトドアチェア二脚とポットを取り出した。
そして、駐車場に積もった雪を払い、空がよく見える場所に椅子を並べた。
「座ってゆっくり見たら?」
「ありがとうございます」
美宇がアウトドアチェアに腰を下ろすと、朔也はひざ掛けを足に掛けてくれた。
そして、マグカップにコーヒーを注いで美宇に渡す。
「わあ、今夜はコーヒー付きですか?」
「500円いただきます」
「あ、お財布置いてきちゃった」
美宇がとぼけると、朔也は声を上げて笑った。
その笑い声を聞きながら、美宇はコーヒーを一口飲む。飲んだ瞬間、冷え切った体がじんわりと暖まった。
「おいしい……」
「満天の星空の下で飲むと、格別だね」
朔也も隣に腰を下ろし、コーヒーを一口飲んだ。
美宇はうなずいて、再び空を見上げる。
その瞬間、大きな流れ星が夜空を駆け抜けていった。
「あっ!」
「すごい、大きかったね」
「はい。早すぎて願い事をするのを忘れました」
「ははっ、じゃあ次はしっかり頑張って」
朔也は頬を緩め、コーヒーをもう一口飲んだ。
二人が夜空を見つめていると、突然、いくつもの流れ星が流れ始めた。
まさに降るような星だった。
たくさんの流れ星で、夜空がイルミネーションのように輝いている。
「わあ……すごい! 流れ星がいっぱい降ってる!」
「まだまだこれからだよ」
「もっとですか? すごい……信じられない……」
美宇はコーヒーを飲むのも忘れ、流れ星に見入っていた。
そんな彼女を見つめながら、朔也がふいに言った。
「バスターミナルで、僕を見たんだって?」
突然そう聞かれた美宇は、驚いて視線を空から朔也に移した。
きっと綾から聞いたのだろう。そう思い、美宇は静かに答えた。
「……はい」
「きっと変に思ったよね? バスに乗るわけでもなく、誰かを迎えに行ったわけでもないんだから」
「……はい」
「実はね……あの日は、大学の後輩の命日だったんだ」
「命日?」
朔也の口から、想像もしていなかった言葉が出てきたので、美宇は驚いた。
「そう。その後輩の名前は今井香織っていうんだ。君も一度会ったことがあると思う」
「今井……香織?」
美宇はその名前を心の中でなぞり、必死に思い出そうとする。
そのとき、ハッと思い出した。
それは、高校生の頃、朔也の作品展で出会った女性の名刺に書かれていた名前だった。
「もしかして……作品展で会った今井香織さんですか?」
「そう」
美宇は思いがけない繋がりに驚いていた。
しかし、なぜ朔也が自分と今井香織の出会いを知っているのか、不思議に思った。
「え、でも、私が今井さんと会ったことを、どうして知っているんですか?」
「香織が言ってたんだ。美大志望の可愛い女の子が来てたって」
「あ……」
美宇はその説明を聞いて納得した。
それと同時に、朔也が今井香織の名前を呼び捨てにしたことに気づく。
(もしかして、逃げられた恋人っていうのは今井香織さんのこと?)
そう思った瞬間、絶望感が体中に広がった。
今井香織は朔也の隣にふさわしい、綺麗で素敵な大人の女性だ。
自分がかなうはずもない……そう思うと、全身が無力感に包まれる。
しかし、美宇は再びハッとした。
「え? さっき、命日って……」
「香織は10年前の11月11日、通り魔に刺されてこの世を去ったんだ。あの日、彼女は斜里に来る予定だった……そして僕はバスターミナルまで迎えに行った。でも彼女は来なかった。だから毎年11月11日、彼女の魂を弔うためにあのバスターミナルへ行ってるんだ」
「…………」
美宇はその説明を聞き、胸が張り裂けそうな切なさを覚えた。
愛する人を迎えに行ったのに、待てど暮らせど現れない。彼女が来なかった理由は、通り魔に刺されて生死の境をさまよっていたからだった。
そんな恋人を弔うために、朔也は毎年バスターミナルへ行っていた。
約束の時間に、彼女の魂を迎えるために……。
切なさに耐えきれなくなった美宇は、思わずしくしくと泣き出した。
それに気づいた朔也は、優しく慰めるように言った。
「泣いてくれてありがとう。でも、あれからもう10年だ。ちょうどいい区切りだから、11月11日にあのバス停へ行くのは今年で終わりにしようと思う」
「え?」
美宇は泣きながら驚いて顔を上げた。
時が経てば傷も癒えるのかもしれない。けれど、それで彼の心は本当に安らぐのだろうか?
美宇は頬を伝う涙を拭いながら、そう思った。
コメント
20件
朔也さんが香織さんのこと話してくれて良かったが…美宇ちゃんが恋人だったと誤解してしまってる…💦 彼女では無かったこと伝えてーー🙏 誤解が解けるのは明日かなー明日が楽しみです!
悲しい思い出に別れを告げるためにバスターミナルに行ったのね。 きっと香織さんも安心してくれるかもそれない。
朔也さん肝心な事はなしてないから美宇さん誤解して泣き出したよ。妹みたいな後輩って伝えてあげてよね。