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「……日下部くん。私ね、人を許せないんです」
相談室に入ってきた女子は、真っ直ぐな目でそう言った。
「裏切られたことがあって……どうしても許せない。
相手に同じ痛みを味わわせてやりたい、って思うんです」
日下部は黙ってその言葉を受け止めた。机の端に指先で小さくリズムを刻みながら、しばらく考える。
「……復讐、か」
「はい。……そんなこと考える私って、おかしいですか?」
女子は必死に笑おうとしたが、その声は震えていた。
日下部は短く息を吐いた。
「おかしくねぇよ。むしろ、当たり前だ。傷つけられたら、やり返したくなる。……人間なら、そう思って当然だ」
女子は驚いたように目を上げる。
「……本当?」
「本当だよ。俺だって思ったことある。……ただな」
日下部は少し間を置いて、言葉を続けた。
「復讐ってのは、やり返した瞬間は気が晴れるかもしれねぇけど……結局、そのあと、自分がそれに縛られる」
「縛られる……?」
「そう。『あいつに仕返しした』って事実は、自分の中から消えねぇ。
しかも、やり返しても消えない痛みだってある。……むしろ、余計に残るかもしれねぇ」
女子は目を伏せて黙り込んだ。
「……でも、それでも許せないんです」
「……そりゃそうだろ」
日下部は低い声で言った。
「許すために生きる必要なんかねぇ。ただ、『復讐しても自分は楽にならねぇ』ってことだけは、忘れんな」
女子はしばらく沈黙してから、小さくうなずいた。
「……楽には、なれないんですね」
「……少なくとも、俺はそう思う。
ただ、許さなくてもいい。思い続けてもいい。……その代わり、自分が壊れるほど握りしめんな」
女子の目から、ほんの少し涙がにじんだ。
「……ありがとう」
日下部は、わずかに目を伏せたまま、窓の外を見た。
──きっと、完全な答えなんてない。
けれど、誰かの闇に寄り添うことだけは、できるのかもしれない。