テラーノベル
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「……日下部くん、最近、全然やる気が出ないんです」
相談室の椅子に沈むように座った男子は、机に肘をつき、視線を床に落とした。
「勉強も部活も、やらなきゃって思うんですけど、体も頭も動かなくて……なんか、全部どうでもよくなっちゃって」
日下部は腕を組み、しばらく黙って男子の横顔を見つめた。
「……そっか」
「そっか、って……」
男子は少し眉をひそめた。
「いや、なんて言えばいいかわかんねぇけど。そういう日、誰にだってあるんじゃねぇの」
日下部は低い声で、ちょっと視線を外して言った。
「でも、周りはみんな頑張ってるし、俺だけ置いてけぼりみたいで」
「置いてけぼり……」
日下部は小さくうなずいた。
「たしかに、そう感じるときはあるかもな。俺も、そう思うことある」
男子は少し驚いたように顔を上げた。
「え、日下部くんも?」
「ああ」
日下部は机の角に指先をかけて軽く弾く。
「別にお前がサボってるとかじゃなくて、そう思うことは自然だと思う」
「自然……ですか」
男子は小さくつぶやいた。
「うん。やる気が出ないって、悪いことじゃねぇ。
俺もやる気ない日とかあるし、無理に動こうとすると余計に疲れることもある」
「でも、やらなきゃいけないのに……」
「……やらなきゃいけない、って思うと余計に重くなるよな」
日下部は目を伏せ、ゆっくり言った。
「無理に動こうとしなくてもいいと思う。今日は動けないな、って日もある」
男子は少し息をつき、机に額を近づけるようにしてうなずいた。
「……なるほど」
「それに、動けない日があるから、動ける日がありがたくなるんだと思う」
日下部は肩を少しすくめる。
「焦んなくていいんだ。焦ったって、体も心も勝手には動かねぇ」
男子は静かに目を閉じた。
「……そっか。焦ってるのは俺だけじゃないんですね」
「ああ、そうだ」
日下部は小さく笑った。
「俺もそうだったし、多分、みんなそうなんじゃねぇかな」
窓の外の光がゆっくり差し込む中、二人はしばらく沈黙していた。
言葉にしなくても、なんとなく共有できる空気がそこにあった。