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二月。
クリスマスも正月も優人に会えないままだった七星の気持ちは、バレンタインを明日に控えた今、少し沈みがちだった。
もちろん、優人を信じていないわけではない。
ただ、会おうと思えば会える距離なのに、会いに来ようとしないことに、どうしても苛立ちが募ってしまう。
名医で手術がひっきりなしに入るとはいえ、一日くらい会いに来られないものだろうか――。
そんなもやもやが胸の中で渦巻いていた。
(春になれば会えるのかな……春になれば)
悶々としていると、つい悪い方へ考えてしまう。
気分転換しようと、七星はカフェのメニューに加える予定だったチョコレートケーキの試作品を作ることにした。
本当なら、バレンタインデーに優人へ渡すつもりで考えていたケーキ。
でも、このままでは優人の口に入ることなく、自分で食べることになるだろう。
(そうだ、病院のみんなに持っていこうかな)
そう思った瞬間、気持ちがふっと軽くなり、やる気が湧いてきた。
退院してからというもの、七星は愛車だったバイクを手放し、代わりに中古の軽自動車を一台購入した。
先輩の恵太の店で特別に安くしてもらった車で、今では買い物に出かけるときの頼もしい相棒になっている。
店をオープンするときには、仕入れにも使えてきっと重宝するだろう。
エンジンをかけ、七星は少し離れた場所にある品ぞろえの豊富なスーパーへ向かった。
しばらく冬の海を右手に眺めながら走り、途中内陸へ向かう道を左折する。
冬のドライブも、澄んだ空気のおかげで気持ちがいい。
店に着き、駐車場に車を停めて入口へ向かうと、エントランスの園芸コーナーにハーブの苗が並んでいた。
(わぁ……もう苗が売ってる。買って帰ろうかな)
仕事を辞めてから、七星は少しずつ畑仕事や庭仕事も再開していた。
ちょうど欲しかったローズマリーやタイムの苗をいくつか選び、その他の買い物も済ませてから、再び自宅へ向かった。
帰り道、ガソリンスタンドの前を通りかかると、ピカピカのシルバーグレーのSUVが目に入った。
七星が以前から欲しいと思っていた車だ。
だが、五百万を優に超える値段で、とても手が届かない。
(いいなぁ、新車かな……いつかあんなのに乗れたらいいのに)
そう思いながら運転を続ける。
二月とはいえ、柔らかな日差しをほんのり浴びるだけで、さっきまでの憂鬱がすっと軽くなっていく。
穏やかな風、柔らかな光、静かにきらめく海――それらはいつだって七星のそばにあった。
(本当は先生のいる東京へ行きたいけど……やっぱり私はこの地が好き。だから離れることなんてできない……)
七星はその思いをはっきりと自覚していた。
(今は考えるのはよそう。きっとなるようにしかならないんだから)
そう自分に言い聞かせ、車が自宅へ着くと、買い物袋を手に玄関へ入った。
遅い昼食を軽くとったあと、七星はさっそくお菓子作りに取り掛かった。
使うのは、業務用の店で見つけたマイルドなドイツチョコ。
チョコレートケーキにはビターチョコを使うレシピが多いが、七星はあえてこのチョコにこだわっている。
安価なのに奥深く、まろやかな味わいがお気に入りだった。
手早くスポンジ生地の材料を混ぜ合わせてオーブンへ入れる。
その間にチョコレートを湯煎で溶かし、生クリームを泡立て器でふんわりするまで泡立てる。
飾り用のチョコをスプーンでたっぷり削っていると、ちょうどスポンジが焼き上がった。
部屋の中には甘い香りがいっぱいに広がる。
七星は、幸せを感じるこの瞬間がたまらなく好きだった。
「上手に焼けた。あとは……冷めてから飾り付けね」
少し休憩しようと手を洗っていると、庭に車が入ってくる音がした。
「誰だろう?」
今日は親友の美紅が来る日ではない。
とすると、宅配業者だろうか――。
エプロン姿のまま縁側の窓から外を覗くと、先ほどガソリンスタンドで見かけたのと同じ車が停まっている。
「え? 誰?」
心当たりのないまま玄関へ向かうと、ちょうどチャイムが鳴った。
「はーい。どちらさまですかー?」
サンダルを履きながら声をかけると、ドアの向こうから聞き覚えのある声が返ってきた。
「チューリップのお届け物でーす!」
七星は息をのむ。
「えっ……まさか、先生?」
慌ててドアを開けると、チューリップの大きな花束を抱えた優人が立っていた。
優人はその花束を七星に差し出す。
「先生っ!」
「やあ、久しぶり」
「ど、どうしてここに?」
「まずは、家に入れてもらえないかな? だいぶ冷えてきたから」
夕方の四時近く、気温は急に下がっていた。
「あっ、ごめんなさい。どうぞ」
「お邪魔します」
中へ入り、ドアを閉めた優人は、懐かしそうに家の中を見回しながら嬉しそうに部屋へ入っていった。
「ん? なんかいい匂いがするぞ~」
「あ、今ケーキ焼いてたから」
「グッドタイミングだったな」
七星がキッチンへ花瓶を取りに行くと、優人もついてきて鼻をくんくんさせる。
七星が花を活けている間、優人はキッチンを珍しそうに見回している。
「ケーキの続き、やってていいよ」
「じゃあ、遠慮なく。スポンジが乾いちゃうから……。あ、先生はそこに座ってて」
七星は小さなアンティークテーブルを指差した。
花を活け終えると、コーヒーメーカーに豆と水をセットし、優人のためにコーヒーを淹れる準備をした。
コーヒーがドリップしている間にケーキの仕上げを続ける。
器用にスポンジを切り分け、クリームを塗って重ねていく七星を見て、優人は感心したように言った。
「すごいな。手慣れてる」
「しょっちゅう作ってるから」
「そのパラパラしたの、最後にのせるの?」
「そう」
「僕、ケーキの中ではチョコレートケーキが一番好きなんだよね」
「ちょうどよかった。じゃあ、先生味見して」
「やった!」
ちょうどそのときコーヒーのドリップが終わり、七星が取りに行こうとすると、優人がそっと手を伸ばして制した。
「僕がやるから、続けて」
「ありがとう。でも……先生、どうしてここに?」
七星が二段目にクリームを塗りながら尋ねると、優人はカップにコーヒーを注ぎながら静かに言った。
「キミのそばに戻ってくるためだよ」
「えっ……?」
七星は驚き、手にしていたパレットナイフを落としてしまった。
カチャン、と乾いた音が響く。
「僕はこれからの人生、七星と一緒に生きることにした。だから、もうひとりにはしない」
「……」
突然の言葉に、七星は声を失った。
優人は優しい笑みを浮かべ、まっすぐ七星を見つめる。
そして、驚きで固まっている七星のそばへ歩み寄り、そっと包み込むように抱きしめた。
「七星……キミが僕を再生してくれたんだ。キミと出会って、僕は生きることと愛することの意味を見つけられた。だから、もう離さない。ずっと一緒にいよう」
優人の熱い告白が胸に響き、七星の瞳から涙があふれた。
頬を伝う涙を、優人が優しく指で拭う。
そして七星の瞳を覗き込み、静かに尋ねた。
「僕と結婚してくれる?」
七星は涙を拭いながら、笑顔で答えた。
「……はい」
「よし、いい子だ。それでこそ、僕の七星だ」
優人は嬉しそうに微笑み、七星にそっと唇を重ねた。
それは二人にとって、初めてのキスだった。
触れるだけの優しいキスは、次第に深い想いを帯びていく。
しばらく熱いキスが続いたあと、二人はそっと離れて見つめ合った。
七星は泣き笑いのまま、ふふっと笑ってから言った。
「タコより吸引力すごかった……」
「ははっ、僕はタコなんかには負けないからなぁ」
二人は目を合わせ、しばらく微笑み合う。
「先生、おかえりなさい」
「ただいま、七星」
そして二人はもう一度、静かに唇を重ねた。
コメント
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こんにちは😊マリコ先生 お久しぶりで御座います(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎) 空愛です。私は、約1ヶ月間仕事で忙しくしていましたが、漸く一段落したので、暫くぶりにマリコ先生の小説を読もうと思ったら…まさかの最終話に ちょっとショックでした😢 でも、また最初から読み返そうと思います。マリコ先生…感想を送信しても 良いですか?宜しくお願いします😊 先生もお忙しいとは思いますが お体ご自愛くださいませ😊
感動です🌷やっと2人が🥲おまけにプロポーズ❤️ 優人先生、頼もしくなっちゃった🤗
やっと❣️よかった〜
柏木さくら
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瑠璃マリコ
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管野アリオ
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