テラーノベル
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購買に走らされるのは日常になっていた。けれどそれは、ただのパシリではない。
遥が金を持ってるかどうかなんて、誰も気にしない。
彼が“持っていれば出す、持っていなければ借りてでも出す”という前提で、当然のように押しつけられる構造だ。
昼休み、女子リーダー格の美桜が遥の腕を掴む。
その距離は、友達同士の親しさではなく――“逃げ道を塞ぐため”の距離だった。
「ねぇ遥、今日も“いつもの”買ってきて。ほら、早く行って?」
「……買う、けど……お金、俺……」
「あるでしょ? ないならどっかでなんとかしてきなよ。いつもそうしてんじゃん」
笑い声は軽い。けれど瞳は一切笑っていない。
遥がためらうと、別の女子がさらに密着するように肩を寄せる。
人混みではないのに、耳元へ顔を近づける必要はない。
「ねぇ遥、さっさと行かないと……“また怒られる”よ?」
「誰に、とは言わないけど……ね?」
“また”
その一言に、遥の背筋が硬くなる。
女子はそれをよく知っていて、楽しむように囁きを重ねる。
「分かってんでしょ? 弱い子って、役に立たないと存在意味ないんだよ」
「ほら、足動かしなよ。犬って言われたいの?」
遥の喉が詰まり、言葉が漏れる。
「……行く……行くから……言わないで……」
彼のその小さな声を聞くためだけに、女子たちは囁いている。
羞恥と恐怖を混ぜた反応を“観察する”のが目的だった。
遥が購買へ走る姿は、いつしか男子の“動画ネタ”になった。
走り出す瞬間の焦り顔。買い物袋を抱えて戻ってくる姿。
それらを切り取って、SNSに匿名で投げ捨てる。
「今日も走ってるぞ、“パシリくん”」
「マジで便利じゃん。人権なさすぎて逆に笑える」
最初はただのからかいだった“悪ノリ”が、徐々に変質していく。
女子の囁きと命令で怯える遥の様子を男子が見て、こう言い始めた。
「おい、あれ見た? 女子に耳元でなんか言われた瞬間の顔」
「ビビりすぎてて逆にそういうの好きなんじゃね?」
「刺激すればもっと面白い反応するんじゃね?」
その“刺激”は、暴力の一歩手前の距離感から始まる。
通りすがりに肩を掴む。背中を押す。
廊下の角でわざと体を寄せる。
「おっと、ごめ~ん? そんなに怯えるなよ」
「反応いいね、ほんと。……なぁ、もっと面白いとこ見せろよ」
言っている内容自体は校則に触れない。
けれど声色と距離と意図が、遥には“別の恐怖”を呼び起こす。
それを男子は完全に理解していた。
理解したうえで、楽しんでいた。
「女子の扱いにも慣れてきたんじゃね?」
「いや、違うか。遥は“慣らされてる”んだよな」
あくまで“匂わせ”。
だが遥の過去や弱点を、クラス全体が知っているかのように扱う。
それが彼の世界をさらに狭める。
女子リーダーが一度教室で宣言した。
「遥はこの扱いでいいよね? だって、そういうキャラでしょ?」
“キャラ”という言葉が免罪符になった。
罪悪感を消し、責任を空中へ逃がし、集団の残酷さを正当化する魔法の言葉。
そしてクラスの空気はこう固まっていく。
『遥には何してもいい』
『拒否する権利はない』
『反応したらもっと面白い』
反抗もできず、従順にもなりきれず、ただ壊れないように呼吸している。
それすら、笑いの種にされていると知りながら。
「……俺、なんで……」
声に出すと涙になりそうで、途中で飲み込んだ。
遠くで女子の笑い声、近くで男子の囁き。
その全部が、彼に“昨日の地獄”を思い出させる。
だが、逃げ道はどこにもなかった。
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