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相談室のドアは、ノックもなく開いた。
顔だけ出して、相談者が言う。
「今、空いてる?」
「見ての通り」
「じゃ、失礼しまーす」
勝手知ったる感じで入ってきて、椅子に座る。
脚をぶらぶらさせながら、天井を見た。
「さ、どうした」
「いや」
「“いや”から始まるやつは、だいたい重い」
「重くないって言ったら?」
「嘘」
相談者は笑った。
「最近さ」
「うん」
「ちゃんと悩んでるつもりなんだけど」
「つもり」
「周りに言うとさ」
「うん」
「“気にしすぎ”とか」
「出た」
「“それくらい普通”とか」
「定番」
「“考えすぎだって”とか」
「フルコンボだな」
相談者は肩をすくめる。
「で、終わる」
「終わるな」
「終わるんだよ」
少し間が空く。
「なんかさ」
「うん」
「深刻になりたいわけじゃない」
「ほう」
「でも、軽くも扱われたくない」
「欲張りだな」
「うるさい」
二人とも、少し笑う。
「でもさ」
相談者が続ける。
「これって、贅沢なのかな」
「どれ」
「ちゃんと悩んでるって、認めてほしいの」
蓮司はすぐに答えなかった。
ペンを持って、机の上で転がす。
「なあ」
「なに」
「悩みってさ」
「うん」
「“深さ”で測られると思ってる?」
相談者は首をかしげる。
「え」
「命とか将来とか」
「うん」
「そういうワード出てこないと」
「……」
「悩みとして認定されない空気」
「ある」
「でもな」
蓮司はペンを止める。
「悩みって、深さじゃない」
「じゃあ何」
「密度」
「密度?」
「どれだけ頭の中を占領してるか」
相談者の表情が変わる。
「毎日考えて」
「うん」
「一人の時に戻ってきて」
「うん」
「笑ってても、裏で残ってる」
「……ある」
「それ」
「はい」
「十分、悩みだ」
相談者は息を吐いた。
「でもさ」
「うん」
「周りはそう見ない」
「そりゃな」
「なんで」
蓮司は少しだけ笑う。
「見えないからだ」
「……」
「見えないものは」
「うん」
「軽く処理される」
相談者は眉をひそめる。
「じゃあ、言い方が悪い?」
「違う」
「じゃあ何」
「聞く側が」
「うん」
「“重いものを持つ覚悟”してないだけ」
「……」
「だから」
「だから?」
「軽い言葉で返す」
「優しさ?」
「保身」
相談者は目を見開いた。
「保身?」
「重いって認めたら」
「うん」
「ちゃんと向き合わなきゃいけない」
「……」
「それがしんどい」
相談者は黙り込む。
「なあ」
蓮司が言う。
「軽く扱われたとき」
「うん」
「自分まで“こんなんで悩むのダサいかな”って思ってないか」
「……思ってる」
「それが一番、危ない」
「なんで」
「他人の雑な処理を」
「……」
「自分で再生するな」
相談者は俯いた。
「じゃあさ」
「うん」
「どうすればいい」
「簡単なのと、難しいのがある。
どっちから?」
「簡単な方」
「自分の悩みを」
「うん」
「軽く扱わない」
「……」
「“これくらい”って言わない」
「……」
「“みんなある”で流さない」
「……」
「それだけでいい」
相談者は少し笑った。
「難しい方は?」
「分かってくれる人を」
「うん」
「選ぶ」
「選べる?」
「選べ。
全員に理解される前提を捨てろ」
少し間があって、相談者が言う。
「……ここは?」
「ここは」
蓮司は肩をすくめる。
「重く置いていい場所」
相談者は立ち上がる。
「今日のこれ」
「うん」
「軽くなった?」
「いや」
「じゃあ失敗だな」
「でも」
「うん」
「ちゃんと“ある”って思えた」
「それで十分」
ドアを開ける前、相談者が振り返る。
「なあ」
「なんだ」
「これって、甘えじゃない?」
蓮司は即答した。
「甘えは、投げることだ」
「……」
「抱えて持ってきてる時点で」
「……」
「もう甘えじゃない」
ドアが閉まる。
廊下の音が戻ってくる。
相談室は、また静かになった。