TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
シェアするシェアする
報告する

昔の思い出に浸っていた私は夫の声でハッとする。


「今日は久しぶりに海へ行ってみようか」


夫が突然そんな事を言ったので不思議に思う。


このマンションから海までは徒歩数分だ。

このマンションへ越して来た当初は、よく夫と二人で浜辺を散歩した。

しかしここ1~2年は行っていない。


夫はなぜ急にそんな事を言ったのだろう? 私にはその真意がわからなかったが夫からの申し出を素直に受け入れる。


「うん、いいよ」


そっけない言葉とは裏腹に本当は凄く嬉しかった。夫と海に行くのは久しぶりだったからだ。



そして出掛ける準備が整うと、戸締りを確認してから二人で玄関へ向かった。

その時夫は靴箱の上にある車のキーを手にする。


「え? 車で行くの?」

「たまにはいいだろう?」


夫はご機嫌な様子で鼻歌を口ずさみながら先に外に出た。


ここ最近、二人で車に乗るのはスーパーへ買い物に行く時だけだ。

だからドライブに行くのだと知った私の心は弾む。


駐車場を出ると車は海沿いの道を走り始めた。

極寒の真冬だというのに海には何人ものサーファー達が浮いていた。

冬の柔らかい日差しが海面を照らしキラキラと輝いていた。見ていると心が癒される。


そして車は岬へ向かい走り続けた。


途中、夫がカーラジオをつけた。つけた瞬間昔流行った曲が流れ始める。

ちょうど二人が交際していた頃に流行った曲だ。


「懐かしいね」

「うん、あの頃を思い出すなぁ」


二人は笑顔でドライブを続ける。


曲が終わるとDJがリスナーのハガキを読み始めた。


「えー、横浜市のマコさんからのお便りでーす。『去年我が家に待望の赤ちゃんが生まれました。今漸く5ヶ月になり新年を家族3人で迎えています。とても幸せな毎日です』おーっ、マコさん、ご出産おめでとうございまーす。新しい家族と共に迎えるお正月、幸せそうで何よりですねー。これからのお子さんの成長も楽しみですねぇ。本当におめでとうございます! ではマコさんからのリクエストで『平川翔』さんの『GIFT』、どうぞお聴きください!」


そこで再び曲が流れ始めた。


私達の間には沈黙が流れていた。先程までの楽しい空気とは違い、重苦しい雰囲気が漂っている。


私は何も言えずにいた。

ただじっとこらえながら心の崩壊を押しとどめるのに精一杯だった。


その時夫が心配そうにこちらを見た。夫の優しい眼差しを感じると堰き止めていたものが一気に溢れてくる。

そしてとうとう私は我慢出来ずに大声で泣き出した。


「うぅっっ……ひっくっっ……ううぅっ」


カーラジオから流れてくる切ない曲が一層私の中の悲しみを引き出してしまう。

私はぽろぽろとこぼれ落ちる涙を両手で必死に受け止めた。しかしどんなに受け止めても次から次へとこぼれてくる。

肩を小刻みに震わせ声を出して泣きじゃくる私の耳に、夫の穏やかな声が響いた。


「大丈夫だよ、きっとまた授かるから……焦らずいこう」


それから夫は左手で私の手をギュッと握ってくれた。


その間も私はひたすら泣き続けていた。泣くのをやめようと思っても泣けて泣けて仕方がなかった。

ずっと心の奥にしまっていた辛い記憶が一気に溢れ出てくる。そしてその流れはやがて濁流となり最終地点へと向かっていた。


きっと泣いたら楽になる。楽になって次へ進める。

そう思い私は涙が枯れるまで泣き続けた。


岬に着く頃にはすっかり涙は枯れ果てていた。泣くだけ泣いたら少し気分がすっきりしていた。

私達は車を降りると岬の先端まで歩いて行った。そしてベンチに並んで座る。

そして途中で夫が買ってくれた温かい缶コーヒーを開ける。


「大丈夫?」

「うん、もう大丈夫。泣いたらすっきりした」

「ならよかった。あのさ、さっきも言ったけど、焦らないで行こうな。きっと大丈夫だから」

「うん……ありがとう」


そこで私は温かいコーヒーを一口飲んだ。コーヒーはなぜかとても甘ったるく感じた。



帰りの車の中で、私はいつもの私に戻っていた。そして冷静になった頭で色々と考える。

そこである事に気付いた。

月に一度は山に登っていたはずの夫が、数ヶ月前から山に登っていない事に。

きっと塞ぎ込んでいる私を心配して山に行くのをやめていたのだろう。

その時私は夫に対し申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


夫が今日、急にドライブに誘ってくれたのも同じ理由からだろう。

私を元気付けようと外へ連れ出してくれたのだ。

そこで私は自分がいかに夫に心配をかけていたかという事に気づいた。



私達は帰りにショッピングモールへ寄った。

そこでまた新たな観葉植物を我が家へお迎えする事にした。

夫はきっとこの子の事も大切に育ててくれるだろう。

そして私は夫がこの子の世話をするのをまた密かに盗み見るのだ。



私はあなたと出逢ってから、だんだんあなたを好きになっていった。

結婚してからも、私はだんだんあなたを好きになっている。

そしてこの先もだんだんあなたを好きになり続けるだろう。



そう……私は永遠に、だんだんあなたを好きになるのかもしれない。



【だんだんあなたを好きになる】<了>


~『short story』the end~

画像

この作品はいかがでしたか?

420

loading
チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚