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屋上じゃなく、今日はゲームセンターだった。制服のままの遥と日下部は、並んでプリクラの列にいた。
「……本気で撮るのかよ」
プリクラ機の前で、日下部が言った。視線は逸らしている。耳の先まで赤くなっているのを、遥は横目で見て、ふっと笑った。
「おまえが言ったんじゃん。デートっぽいことしようって」
「だ、だからって……こういうのは……」
遥は無言で、先に機械に入った。日下部も、何かブツブツ言いながらついてくる。シャッターが降りる直前、遥はそっと日下部の腕に指先を触れた。日下部が硬直するのがわかった。
(……そういうの、慣れてないのか)
その反応が、遥には意外だった。
自分は、どこを触れられても、もう反応しない。あまりに、たくさん、されすぎたから。
でも――触れる側としての感覚は、初めてだった。触れた瞬間のぴくりとした身体の反応とか、言葉にできない表情の揺れとか。
撮り終えて外に出ると、日下部はやけに黙っていた。歩きながら、遥がポケットに手を突っ込むふりをして、指先だけそっと日下部のシャツの裾に触れた。日下部はまた、小さく跳ねる。
「おまえ、さ」
「ん?」
「……さっきから、そういうの……なんなんだよ」
日下部は目を逸らしながら言った。怒ってるような、怒ってないような、むしろ困っているような声だった。
「いや、……ごめん。や、違う。なんか、面白くて」
「おまえな……」
遥はそこで、ふと立ち止まった。
なにが「面白い」んだろう、って自分でも思った。自分がされてきたことを思い返すと、吐き気しかしないのに。
でも、日下部は違った。触れたら、驚いて、困って、でも、ちゃんと感じてくれて。拒絶もせず、ただ、真剣に困ってくれてる。
(……ちゃんと、反応してくれるんだ)
心が、少しだけ、温まるような、痒くなるような、よくわからない感覚に包まれた。
日下部の手の甲に、遥は指を滑らせる。今度は、ちゃんと見ながら。
「おまえ、童貞だろ」
「なっ――」
顔を真っ赤にして、何か言いかけてやめる日下部が、たまらなく面白くて。可愛くて。
遥は、少し笑った。
「大事にしてるんだろ。そういうの」
日下部は、まっすぐには答えなかった。でもその手は、遥の指を、そっと握り返してきた。
温度だけで、今は十分だった。