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初夏の風が、寝ぐせをなでていった。
人気の少ない公園の、ベンチ。二人で並んで腰掛けると、背中に触れる陽の光が、思ったより温かかった。
「……あのさ」
沈黙を破ったのは日下部だった。目を逸らすように空を見上げながら、何か言いたげに唇を引き結ぶ。
遥は何も言わなかった。ただ、隣にいる。日下部の手が、膝の上でそわそわと動いたあと、少しだけこちらへ──。
遥はそっと自分の指を伸ばし、重ねた。触れ合った瞬間、日下部の肩がびくっと跳ねたのがわかった。
なんだよ、と思う反面、その反応が可笑しくて、笑いそうになった。
けど──そのくせ、胸の奥がじんわりと熱を持った。
こんなふうに、誰かの手の熱で何かを感じるなんて。そんな当たり前のことに、どうして自分はこんなに不器用なんだろう。
遥がわずかに目を伏せると、日下部はまだ固まったまま、視線だけを滑らせてこっちを盗み見ていた。頬が赤い。
「……なんか、さ。おまえのほうが、慣れてるんだなって思った」
ぼそりとつぶやいたその声に、遥の指がぴくりと動いた。
──慣れてる。そう言われるのは、何度目だったろう。そうだよ、慣れてる。だって、ずっとされてきたから。拒むことも、反応することも許されず、ただ──
「……でもさ」
続けた日下部の声が、どこか不器用で、妙に真剣だった。
「オレ……おまえに触れたくて、でも、どうしたらいいかわかんなくて……。……なんか、ぐちゃぐちゃになる」
遥は、日下部の横顔をじっと見た。
その頬の赤み。目の泳ぎ。指先の震え。──嘘じゃない。
──こんな、こと。
遥の中の、どこかが小さく軋んだ。こんなことで、軋むなんて。触れられることも、抱き寄せられることも、身体に何かされることも、全部──ただのことだったのに。
「……バカ」
そう言った声が、少し掠れていたのは、なぜだったろう。自分でもよくわからなかった。
そっと自分の肩にもたれかかってくる日下部の額の熱に、遥はぎこちなく目を閉じた。そうしながら、ふいに思った。
──こんなふうに、誰かといたかったのかもしれない。どこかで。
わからない。でも、ちょっとだけ。ほんの少しだけ──今は、悪くない。