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砂利に押さえつけられた遥の腕が、もう力なく垂れ下がっている。目の前で、颯馬の友人が子犬を片手で持ち上げ、もう片方の手で耳をひっぱった。小さな悲鳴が、寒い空気に鋭く響く。
「やめて! それだけはやめて……」
遥の声は擦れ、もはや叫びというより泣き声だった。自分のことより子犬のことしか頭にない。
「だったら“犬”らしくしろよ。俺たちに頭下げて“俺が悪いです、何でもします”って言え」
颯馬がいつもの冷たい声で言う。笑っていない。目だけが淡く光っている。
「俺が……悪いです。何でもするから……その子には何もしないで……」
遥は反射的に言っていた。砂と血の味が口に広がっても、構わない。子犬だけ助かればそれでいい。
「へぇ、素直じゃん」
友人たちの笑い声が一斉に上がる。すぐに誰かがバケツを持ってきて、遥の目の前に置いた。中の水は氷のように冷たい。
「ほら、飲みたきゃ四つん這いになって舐めろ」
颯馬が顎をしゃくった。
「犬ならできるだろ? できなきゃ、あいつの足、折るけど」
「やる……やるから……お願い、それだけはやめて」
遥は瞬時に膝をつき、手を地面につけた。全身が震えている。喉が焼けるほど渇いていたが、それ以上に子犬の鳴き声が怖かった。
「言われなくてもわかってるじゃん」
別の友人が笑い、遥の後頭部を押さえて水面に顔を近づける。砂利が額に食い込み、冷たい水の匂いが鼻を突く。
「“俺は犬です”って言いながら飲め」
颯馬の声は淡々としていた。
「俺は……犬です……」
遥は小さく呟き、震える舌で水をすくった。冷たさが歯にしみる。背中を押さえられ、顔を上げることもできない。
「もっと大きな声で言え」
別の友人が蹴りを入れる。遥は咳き込みながらも、叫ぶように繰り返した。
「俺は犬です! なんでもしますから、その子を……その子にだけは……!」
その瞬間、子犬を持っていた友人が肩をすくめて笑い、指でその鼻先を軽く弾いた。子犬が小さく鳴く。遥の胸が締めつけられる。
「いいねぇ、ちゃんと躾られてきたじゃん」
颯馬が満足げに言い、わざとゆっくりと子犬を地面に下ろした。
「ほら、ちゃんと守ってやったぞ。お前がちゃんとできるなら、な」
遥は全身を震わせ、地面に頭を擦りつけた。心の奥底で、自分がどんなに壊れても構わないから、この小さな命だけは、とただ祈っている。