放課後の黒板に、ふたりの名前が並べられていた。
《遥 × 日下部》
《共犯者》
《夜の秘密♡》
《自分の欲望、ちゃんと責任取ってね》
白いチョークで書かれたその文字を、クラスの誰もが「見てないふり」をした。
けれど──
机に広がる落書き。配られたプリントの裏。誰かのスマホに流れる“合成写真”の数々。
二人が押し倒し合うように見えるコラージュ。
夜の廊下で手を繋いでいるように見える影。
「どっちが上なんだろな、あのふたり」
「てか、日下部、わりとマジでヤバいやつだったな」
「遥って“やられてるふりして”誘ってたんじゃね?」
“守る”は“犯す”に、“優しさ”は“性欲”にすり替えられ、
ふたりの絆は──“共犯”という名の見世物に落とされた。
蓮司は、わざと教室の真ん中で声を上げる。
「いやぁ、愛ってすげーよな。
どっちも“加害者”で、どっちも“被害者”で。……美しいわ」
笑い声が起こる。
だが、それは楽しさではなく、
“誰かより上にいること”への安堵の音だった。
「なあ、昨日のあれ、ガチだったらしいよ」
「どれ?」
「掃除ロッカーで、“二人きり”だったってやつ」
誰かの囁きに、女子たちの視線が一斉に向けられる。
──遥と、日下部へ。
「てか、アイツらさ……」
「まじで“やってんじゃね?”みたいな」
笑い声が広がる。
その中心にいるのは蓮司ではない。
でも、蓮司は窓際の席で、眠そうに肘をつきながら、
時折「へぇ」「こわ」と口にして、ニヤけている。
それだけで、空気は煽られる。
「さすが、正義マン。実はドSだったりしてな」
「でも相手、アレだぜ?“性別、謎”って噂の──」
机に寄りかかった男子が、遥の方を顎で示す。
「どっちが犯して、どっちが犯されてんだろーな」
「いやいや、見た目は“受け”だけど、意外と主導権持ってたりして〜?」
「じゃあどっちも“襲い襲われ”で、同罪ってことか」
そんな会話が、笑いながら、当たり前のように飛び交っていく。
──遥は、一切反応しない。
黒板の文字を、じっと見つめているだけだった。
でも、膝の上に置いた手は、爪が食い込むほどに握られている。
その沈黙さえも──彼らには、格好の“答え”になっていた。
「やっべ、やっぱ図星だったっぽくね?」
「うわー、気まず」
そのとき。
日下部がガタッと椅子を引いた。
「……うるせえよ」
低く、ひとこと。
それだけで教室の空気が一瞬止まる。
蓮司が笑った。
「ほらー、“言い返したらバレる”ってほんとなんだな〜」
日下部が振り返ると、蓮司は視線を合わせない。
ただ、教科書を指でめくりながら、飄々と呟いた。
「だってお前さ。守るとか言いながら、触ってんじゃん。
ああいうの、好きなんだろ? “優しく支配する”やつ」
誰かが噴き出した。
誰かがチョークで黒板に書き足した──
『変態カップル』『共依存』『同罪』
遥はその言葉を、何も言わずに見ていた。
日下部は拳を握ったまま、立ち尽くしていた。
──どちらも、何も言い返さなかった。
だって、言葉にすればするほど、
その“構図”は完成してしまうと知っていたから。
「……お似合いじゃん?」
誰かがそう言ったとき、教室は再び笑いに包まれた。
蓮司は、何もしていない。
ただ、笑いながら、遥の顔を一度だけちらりと見た。
その目の奥には、燃えるものなどなかった。
──ただ、冷たい熱と、終わりのない嗜虐欲だけ。