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「……先生」
「久しぶりだね」
優人はそう言うと、以前と同じように七星の隣へ腰を下ろした。
「煙草、やめたんだね」
「うん」
「そっか。それはいい心がけだ」
優人は満足そうに微笑む。
「先生、どうしてここに?」
七星はまだ驚いたまま、目を大きく見開いて優人を見つめていた。
「キミに話したいことがあってさ」
「え? でも、この前、私のこと無視しましたよね?」
優人はそのときの状況を思い返しながら答えた。
「ああ、あのときは急いでたんだ。患者さんを待たせててね」
「なんだ、そうだったんだ……。でも、挨拶くらいはできたと思うけど……」
ぶつぶつ文句を言う七星を見て、優人は可笑しそうに笑った。
「キミに教えてあげようと思ってさ」
「教える? 何を?」
「無視されるとどういう気持ちになるかってことをね」
「あ……」
七星はあの日の自分の態度を思い出し、急に言葉を失った。
それと同時に、また大迫の言葉が脳裏をよぎる。
「……あのときは、ごめんなさい」
「おっ、素直じゃん」
「私だって素直になるときくらいあります!」
七星がムッとして言い返すと、優人は笑いながら続けた。
「ごめんごめん。でもさ、話したいことがあって待ってたのに、あれはひどいよな~」
「だから、ごめんなさいって言ってるじゃん」
「あはは、分かったよ。僕も言いすぎた。悪かった」
「ほんと、真ん中の子ってひねくれすぎ!」
七星の言葉に、優人が大声で返す。
「僕はひねくれてないぞ」
「いえ、ひねくれてます」
「いや、僕はいたって素直ないい子だぞ。ひねくれてなんかいませ~ん」
「嘘ばっかり」
お互い一歩も譲らない。
しかし、少し間をおいて、二人は同時に笑い出した。
「ふふっ」
「ははは」
楽しそうに笑う優人を見つめながら、七星は胸の奥がじんわりと疼くのを感じた。
(好きな人に笑っていてほしい……そう思うのが“恋”なんだよね)
優人の穏やかな笑顔を見て、七星の胸の中は温かいもので満たされていく。
笑いが落ち着くと、優人が意を決したように口を開いた。
「ごめん。もっと早く言うべきだったね」
「え?」
「キミが僕を避けた理由……亡くなった妻に似ているって知ったからだろ?」
優人は、七星が距離を置いた理由に気づいているようだった。
「うん」
「ショックだったよね。もっと早く話すべきだった。本当にごめん」
優人は七星のほうへ向き直り、深く頭を下げた。
「もういいよ。今は気にしてないから」
「ありがとう」
「先生の奥さん……本当に私に似てるの?」
「うん。瓜二つだよ」
「そっか……」
改めて言われると、七星はなんとも言えない気持ちになる。
だが、どうしても確かめたいことがあった。
「先生は、私が奥さんに似てるから仲良くしてくれたの?」
「それは違う。顔は似てるけど、中身は正反対だからね」
「正反対? 奥様ってどんな人だったの?」
「うーん、明るくて優しくて、いつも笑ってたかな」
七星は少しムッとして言った。
「じゃあ私はその逆で、暗くて冷たくて、いつもむすっとしてるってこと?」
「違うよ。そんな意味じゃないってば」
「でも正反対ってそういう意味でしょ?」
「本当に違うんだって」
「じゃあ、先生から見た私はどんな感じ? 言ってみてよ」
七星はツンと顎を上げて言い放つ。
「うーん、そうだなあ……自分の軸をしっかり持っていて、困っている人がいたら迷わず手を差し伸べる、思いやりに溢れた人……かな」
意外な言葉に、七星は思わず目を丸くした。
「先生からは、そう見えるの?」
「うん。僕もキミには何度も助けられたしね」
「でも、きっと誰でもそうすると思うし」
「そんなことないよ。誰にでもできることじゃない」
「そうかな?」
「うん。僕がここへ来たばかりの頃、キミはいろいろと励ましてくれたよね。そのおかげで、僕はこうして復活できた。だから、お礼を言わないと……本当にありがとう」
改まって礼を言われたので、七星は少し戸惑った。
その響きが、まるで別れの挨拶のように聞こえてしまったからだ。
「先生、東京へ帰るって本当?」
「うん。キミやこの病院の人たちのおかげで、僕はすっかり元通りになれた。だから今なら戻っても上手くやれる気がする。僕を待ってる患者さんもいっぱいいるしね」
「そっか……やっぱり帰っちゃうんだ」
寂しげな七星の横顔を見て、優人の胸がズキンと痛んだ。
「まあ、帰るって言っても東京と千葉だから、そんなに遠くはないよ。いつでも会えるし」
「無理だよ。ここは半島の先端で交通の便も悪いし……」
「そっか……そう簡単にはいかないか。それに、東京へ帰ったら手術漬けの毎日で忙しいだろうしな」
「ほら、やっぱり無理じゃん」
七星が残念そうに言うと、優人はふっと笑って提案した。
「じゃあさ、連絡先、教えてよ」
「え?」
「メッセージや電話なら、いつでもやり取りができるだろ?」
思いがけない言葉に、七星の心がふわりと浮いた。
「そうだけど……」
「僕とやり取りするの、嫌?」
七星は慌てて首を振り、ポケットから携帯を取り出した。
二人は互いの連絡先を交換する。
「よし。これならつながったままでいられるね」
「うん」
友人や仕事関係以外の男性と連絡先を交換するのは初めてで、七星は胸が少し高鳴った。
「これで悔いなく発つことができるよ」
「先生、いつ東京に帰っちゃうの?」
「来週の月曜日だよ」
「そんなに早く?」
今日は金曜なので、あと二日しかない。
七星がショックを受けていると、優人が静かに口を開いた。
「正直に言うと、僕は自分の気持ちが分からないんだ。妻が亡くなってまだ三年なのに、キミに興味を持ち始めている自分がいる……」
思いがけない告白に、七星は息をのんだ。
「この気持ちが本物の“好き”なのかどうか、まだ分からない。だから今、キミに無責任なことは言えないんだ」
「先生……」
「ただ、このままキミとの縁が切れるなんて考えられない。だから、すごく卑怯だとは思うけど、この気持ちを曖昧にしたまま東京へ戻ることにした。そんなわがままな僕を、許してくれるかい?」
「許す?」
「そう。キミを中途半端にしたまま去るのに、つながりは残したいなんて……最低だろ?」
七星は慌てて首を振った。
「いいよ……それで。私もまだよく分からないから」
「分からない? 何が?」
「うーん、恋とか愛とか? そういうの、全然分からないんだ」
優人はその言葉に目を見開いた。
「え? 今まで付き合った人とかいないの?」
「いないよ」
「本当に?」
「うん。だから、恋愛ってどんな感じか分からないの」
優人は驚いたまま七星を見つめた。
亡き妻にそっくりで、でも性格は正反対のこの子が、まさか恋愛経験ゼロだとは思ってもいなかった。
「驚いたな……。でも、それならちょうどいいのかもしれない」
「?」
「自分の気持ちが整理できない僕と、恋がどういうものか分からないキミ。種類は違うけど、なんとなく似たような状況だからさ」
七星はその意味に気づき、くすっと笑った。
「つまり、お互い恋に不器用な者同士ってこと?」
「うーん……なんかちょっと違う気もするけど、ま、そんな感じかな」
二人は声を上げて笑った。
そのとき、海鳥が海面すれすれを飛び、二人の目の前を横切っていく。
「そうだ、一緒に写真撮ろうか」
優人の提案に、七星は小さく頷いた。
二人は、きらきらと光る海を背景に、肩を寄せ合って笑顔でカメラに収まる。
その笑顔の写真は、きっと宝物になる――七星は、そう感じていた。
白山小梅
コメント
26件
お互いの本当の気持ちを伝え合えて、良かったですね…✨️ お別れは寂しいけれど🥺 離れていても、きっと二人の心は繋がっていて…🍀 いつか本当の恋愛に発展して行くことでしょう💖✨️
お互い本音を話せて良かった✨ 連絡先も交換できて、前進🙌 離れていてもお互いを想い合って、自分の気持ちと向き合って…恋に変わっていくといいなぁ(*´˘`*)♡
お互いに本当の気持ちが言えましたね。 無理に好きも言わないし、恋愛がわからないと伝えたし。 これから連絡先も交換できたし、支え合って欲しいな☺️