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そして、優人が東京へ戻って一ヶ月が過ぎた。
大学病院へ復帰して少し慣れたころ、優人は食堂で五年後輩の女医・水口麗華から声をかけられた。
「尾崎先輩。お疲れ様です」
「あ、水口さん、お疲れ。今から休憩?」
「はい。ここ座っていいですか?」
「もちろん、どうぞ」
麗華は笑顔で優人の前に腰を下ろした。
「この前のAVMのオペ、見事でした。ギャラリーから見ていた先輩方も、思わずうなってましたよ」
「ははっ、ありがとう。だいぶ勘が戻ってきたみたいだよ」
「本当にすごいです! すごく勉強になります」
「それならよかったよ」
「今日は手術は入ってないんですよね?」
「うん。ここんとこ毎日あったから、今日は少しのんびりできそうだよ」
「じゃあ、今のうちに羽伸ばさないとですね」
麗華は微笑みながらパスタを食べ始め、ふたたび口を開いた。
「それにしても、すっかりお元気そう。だいぶ日焼けしましたね」
「うん。海の真ん前の病院だったからね」
優人は、七星とよく話した浜辺を思い出し、穏やかな笑みを浮かべた。
その表情を見て、麗華の手が止まる。
(変だわ……前は青白い顔で無気力だったのに、戻ってきてからは精気がみなぎってる。いったい、どういうこと?)
麗華はそう思いながら、さらに優人に尋ねた。
「海辺の環境が先輩に合ってたのかしら? 本当に調子がよさそう」
「うん。自然が多くていいところだったよ。半年ちょっとしかいなかったけど、とてもいい経験をさせてもらった」
優人はそう言って微笑む。
その笑顔に、麗華は思い切って切り込んだ。
「美奈子さんのことは、もう吹っ切れたみたいですね」
突然、元妻の名を出され、優人は少し驚いた表情になる。
美奈子は教授の娘で、この病院にもよく出入りしていた。
また、教授の妻――優人の義母が、ホームパーティー好きで、医局員たちはよく自宅に招かれていた。
そんな縁もあり、麗華は美奈子と個人的にも親しくしていた。
「吹っ切れていたら、どんなに楽だったか……」
優人は少し寂しげにつぶやき、急にハッとした表情を浮かべた。
「先輩?」
「いや、なんでもないよ。変なこと言ってごめん……」
ばつが悪そうに謝ると、優人は食事に集中した。
(今のはどういう意味……?)
鋭い女の勘で、麗華は優人に“何かある”と感じ取る。
しかし今は、それが何なのかまでは分からなかった。
実は麗華は、美奈子を亡くしたあとの弱った優人に目をつけていた。
有能な外科医として尊敬する優人は、男としての魅力も十分だ。
これからさらに有能な外科医として活躍するであろう彼には、新しい伴侶が必要だ。
それには自分しかいない――麗華はそう思っていた。
だからこそ、優人の一挙一動に敏感になる。
もし新しい女の影がちらつけば、すぐに突き止めて排除する覚悟だ。
今の会話で、麗華は優人の身辺を注意深く探る必要があると感じた。
数日後。
休日だった優人は、亡き妻・美奈子の実家を訪れた。
愛娘の手術に失敗した義父でもある教授は大学病院を引退し、親族が経営する総合病院へ移っていた。
まだ若く名医として脂の乗った時期だったが、娘を亡くしたショックは優人以上に大きかったのだろう。
優人が千葉から戻ったと聞き、この日、義理の両親は優人を呼び出したのだった。
「まあまあ、優人さん、いらっしゃい。久しぶりね」
美奈子の母が、お茶と茶菓子を優人の前に置く。
「お義母さん、いろいろとご心配おかけしましたが、なんとか復帰できました」
「心配してたのよ。千葉に行くって聞いたときはびっくりしたけど、向こうに行って良かったみたいね。すっかり健康そうになって」
すると、義父も笑顔で言った。
「日に焼けたんじゃないか? たった半年向こうへ行っただけで、こんなに頼もしくなるなんて、俺も行ってみようかなあ」
「あら、あなたったら! 第一線から退いた医師が行ったって、向こうは迷惑ですよ」
「そんなことないですよ。でも、野中先輩は恐縮しまくるでしょうね」
三人は笑い合った。
笑いが落ち着くと、義父が改まって口を開いた。
「優人くん。今日、君を呼んだのは、ちょっと話があってね……」
義母も姿勢を正す。
どうやら、かしこまった話らしい。
「お話ですか? それは、どんな……」
「美奈子が亡くなって、もうすぐ四年だ。その間、君は私たちに会いにきてくれたり、いろいろ気遣ってくれて、本当に感謝しているよ。千葉へ行くと聞いたときは驚いたが、君のためになるならと思って見送った。その間、夫婦でよく話し合ったんだ。君はまだ若い。だから、そろそろ美奈子のことから解放されて、新しい人生を歩んでみたらどうだ?」
続けて義母も言った。
「優人さんのご両親のことを考えると、このままうちに引き留めておいちゃだめだと思いましたの。だから、もう美奈子のことは忘れて、新しいお嫁さんを迎えたらどうかしら?」
そう言うと義母は立ち上がり、リビングボードの引き出しからいくつかの見合い写真を持ってきた。
「どれも信頼できる方からのご紹介で、素敵なお嬢さんばかりよ。ゆっくり見て、考えてみて」
今日呼ばれた理由が“見合いの勧め”だと気づき、優人は少し驚いた。
「ありがたいお話ですが……僕は見合いをするつもりはありません」
優人の言葉に、義理の両親は顔を見合わせる。
「それはどうしてかな? これからさらに忙しくなる君には、安らげる家庭が必要だと思うんだがね」
「そうよ。美奈子のことを想ってくれるのは嬉しいけど、あの子だって天国から心配してるわ。優人さんが新しい家庭を築いてくれた方が、きっと安心できると思うの」
「家内もそう言ってる。どうかね。真剣に考えてみないか?」
優人は、七星のことを言うべきか迷った。
しかし、隠していても説得はできない。
それに、いずれ話さなければならない日も来るだろう。
優人は覚悟を決めた。
「実は……千葉の病院で、ある女性と出会いまして……」
その一言で、勘のいい二人はすべてを悟った。
「あら……そうだったの!」
「それは、どんな女性かな?」
二人は期待に満ちた目で優人を見る。
優人はポケットから携帯を取り出し、七星とのツーショット写真を見せた。
「まあっ!」
「これは……」
驚くのも当然だ。
写真の中の女性は、娘と瓜二つだった。
「彼女は、僕がいた病院で看護助手として働いています。初めて会ったときは、僕も驚きました」
優人が説明すると、二人は互いに顔を見合わせた。
「この女性とお付き合いしてるのかい?」
「いえ。まだ友人関係です」
「あら、どうして? 離れ離れになっちゃったのに?」
「はい。まだ気持ちの整理がつかなくて……。彼女には申し訳ないのですが、今は携帯だけでやり取りしてます」
「美奈子より若そうだな。いくつなんだ?」
「たしか、24だったかと」
「まあ! お若いのね」
「それにしても驚いたな。そっくりの人がこの世には三人いるって言われているが、本当に瓜二つだ」
「はい……」
「優人さん。“気持ちの整理がつかない”っていうのは、美奈子のことを想って?」
優人は少し考え、正直に答えた。
「はい。僕が美奈子を愛していたのは本当です。なのに、美奈子にそっくりの彼女に惹かれるなんて……。本当に彼女自身に興味があるのか、それとも美奈子の面影を追っているだけなのか……。考えれば考えるほど自信がなくなるんです。そんな状態で付き合えば、彼女を不幸にしてしまう。そう思うと、一歩踏み出す勇気が出ないんです」
苦しげに語る優人を見て、義父が静かに言った。
「優人くん、素直になりなさい」
「え?」
「この写真の笑顔……。これがすべてを物語っているよ」
「本当に、そうですわねぇ」
義母も優しく微笑む。
「美奈子がよく言ってたわ。優人さんは照れ屋で写真嫌いだから、一緒に写真に写ってくれないって。ホームパーティーのときにカメラを向けると、さりげなく逃げちゃうってね……ふふっ」
「つまり、そういうことだ。こんな自然な笑顔で写っている君の姿が、答えなんだよ。分かるかい?」
言われてみれば、その通りだった。
優人は自分では気づかなかった思いを義理の両親に指摘され、はっと目が覚めたような気持ちになった。
「すみません……」
「謝ることなんかないさ。美奈子や私たちのことは気にしないで、君は君の人生を歩みなさい。それが、遺された私たちへの親孝行になるんだよ」
「ええ、そうですよ。きっと美奈子も喜んでます。あなたが次に選んだ女性が、また美奈子と同じ面影だなんて……きっと嬉しいはずですよ」
二人はそう言って目を見合わせ、穏やかに笑った。
あの頃より少し年老いた義父母を見つめながら、優人の胸は感謝の気持ちでいっぱいになった。
コメント
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なんて素敵な義理のご両親なんでしょう 優人先生のこと本当の子供の様に思って七星ちゃんとの事をすすめてくれるなんて🌟🌟 優人先生素直になって七星ちゃんに向き合ってね それにしても嫌な由希が居なくなったと思ったら麗華❓この人も根性悪そう💢七星ちゃんの邪魔はしないで欲しい!
なんて素晴らしいご両親! 未来を見て、背中を押してくれて😢 七星ちゃんともうまく関係を築けそうな気がします!
優人さんだからこそこの関係を築き上げたのだろうなぁ!ほんと素敵な義両親にまた涙腺もってかれるところだった😭いつか七星ちゃんを会わせて欲しいなぁ♡ あ、すぐ男を狙うハンターよ。無神経ですな。あなたもないない"🖐️“
白山小梅