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昼休み、廊下の奥。
男子の視線が届かないその場所は、女子たちの“処刑場”みたいに静かだった。
遥が通りすぎようとしたとき、細い声が背中に刺さる。
「ちょっと待って」
振り返る前に、腕を掴まれた。
取り囲むように女子が6人。
一人ひとりは笑っているのに、目だけが凍っていた。
リーダー格の美桜が、わざとらしい優しさで言う。
「どこ行くの? ねえ、逃げないでよ。話あるんだから」
遥は小さく首を振った。
「……行かないと。次、掃除で」
「へえ、真面目ぶってるんだ」
別の女子が笑いを漏らす。
「そういうの、逆にイラつくんだけど」
遥の肩が押され、壁に背中が当たった。
音は小さいのに、空気が震えた。
美桜が顔を近づける。
距離が近いのに、そこに温度はない。
「ねえ、なんでさ。あんたみたいなのが同じ教室にいるわけ?」
「……別に……なんでって」
「ほらまたそれ。やめてよ。“弱いから許される”って思ってるでしょ?」
「思ってない……」
「じゃあ、どう思ってんの」
近すぎる視線。逃げ場がない。
別の女子が遥の鞄を引き抜き、中身を床にぶちまけた。
「うわ、汚っ。何これ」
「触るのやだ」
「ねえ、これどうしたらこんなに汚れるわけ?」
「……落として……」
「落とした? 嘘でしょ。あんたって嘘つくの下手すぎ」
化粧の匂いとシャンプーの香りが混ざり合い、逃げ場のない圧。
女子たちの影が、光を完全に遮った。
美桜が、遥の制服の胸元をつまむ。
「ねえ、さっきの授業。見てたよ。プリント取りに行ったとき、手震えてたよね?」
「……別に」
「怖かったんでしょ?」
「……違う」
「違うんだ?」
美桜の声が甘くなる。
「じゃあ、“なんで震えてたか”言ってみてよ」
背後から笑い声。
「ほら言いなよ。奴隷のくせに、こういう時だけ黙るよね」
「女子に何されると思ってビビってんの?」
「やだ、キモい。泣きそうな顔」
遥は唇を噛んだ。声が震える。
「……いや……怖くない……」
「強がってるつもり?」
美桜の指が遥の頬の近くをなぞる。触れていないのに、触られた気がした。
「男のくせに、女子相手に何も言えないんだね」
「……」
「ねえ、自分で分かってる? “私たちより下”だって」
その言葉の瞬間、6人全員が笑った。
それは怒りでも喜びでもない、“確認の笑い”だった。
もう、この構図が完成していることを示す笑い。
美桜が遥の耳元に口を寄せ、囁く。
「ねえ、男子には言えないよね? あんた、こういうの全部黙ってるもんね」
遥の喉が動く。
「……言わない」
「なんで? 助けてほしくないの?」
「……別に……」
「そっか。じゃあ安心」
美桜は一歩下がり、全員に視線を送った。
「ほら、続けよ。こいつ何しても黙ってるし」
床に散らばる遥のプリントが、靴で踏まれ、破かれる音が乾いた。
遥は拾おうとして手を伸ばしたが、その手を別の女子の靴が踏みつけた。
「触んないで。汚れるから」
「……返して……」
「やだよ。ほしいなら、お願いしなよ?」
女子たちの影がまた寄る。
「お願い……返して……」
そのか細い声に、全員が笑った。
「聞いた? “お願い”だって」
「必死じゃん」
「やっぱり下だよね、こういうの見ると」
遥はただ、床の一点だけを見ていた。
その一点が滲んで見え、世界が歪んでいた。
誰も手を伸ばさない。
誰も止めない。
女子たちの輪の中心で、遥はまた“ひとつ下の存在”として扱われた。
その事実だけが、痛みより深く残った。