テラーノベル
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画面は、最初から「触れられている」場面だった。固定カメラ。部屋の照明は落とされ、机のスタンドライトだけが光源になっている。
中央に映っているのは、シャツ一枚で床に座る悠翔の背中。
服の襟はずり落ち、肩甲骨がわずかに浮いている。
右肩に置かれた手。大人の男の手だった。
手の持ち主は映っていない。だが、その手だけが支配していた。
「はい、じゃあ力抜いて。……そう、それでいい」
蓮翔の声だった。
飴細工をこねるように、肩から腕、そして手首へと指が這う。
悠翔は抵抗していない。というより、“どう抵抗していいかわからない動き方”をしている。
画面の隅に「#兄撮り」「#新作」「#無抵抗美」などのタグが並ぶ。
映像は編集されていた。
ところどころがスローモーションになり、悠翔の「まばたき」や「びくりとした指先の動き」が強調されていた。
そして中盤——
蓮翔の声が、さらに耳元で低くなる。
「おまえ、ほんとは嫌じゃないんでしょ?」
その瞬間、悠翔の手がわずかに握られる。
まるでその言葉に反応したかのように。
だが、それすらも「編集された意味」を持っていた。
「ほら、今の手、録ったよ。……いい顔。いい動き。」
カメラが近づき、悠翔の顔が初めて映る。
頬が紅潮していた。汗が光っていた。目はどこにも焦点を合わせていなかった。
「やめて……兄ちゃん……お願い、もうやめて……」
声は小さく、かすれていた。
だが、その台詞だけが、三回繰り返される編集が入っていた。
テロップが重なり、音量が調整される。
「やめて……兄ちゃん……お願い、もうやめて……」
「やめて……兄ちゃん……お願い、もうやめて……」
「やめて……兄ちゃん……お願い、もうやめて……」
最後に、蓮翔の指がそっと悠翔の手首を握る。
「な、こういうの、わかってるんだよ、からだが。な?」
暗転する直前、タイトルが浮かぶ。
優しい手首
その瞬間、まるで感電のように、映像が切れる。
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