テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
夜の家は静かすぎた。テレビの音も、食器の音もない。リビングの灯りは消され、誰も話さない。
遥は自分の部屋に閉じこもっていた。けれどそれは「守られた空間」ではなく、ただ「何かが来るのを待つ場所」だった。
兄たちの気配は下の階にある。時折、笑い声が漏れる。母の低く抑えた笑い声も混ざる。それだけで、遥の心臓はじっとりと汗をかく。
だがその夜は、誰も上がってこなかった。
それが、何よりも恐ろしかった。
遥は毛布にくるまり、目を閉じる。痛いほどの沈黙の中で、自分が「何もされない」ことの意味を知っている。
殴られるほうが、まだ楽だった。言葉を投げられるほうが、まだ生きてる気がした。
でも今夜は、誰からも必要とされていない。憎まれもせず、笑われもせず、ただ存在ごと放り出されている。
息ができない。
喉の奥がひゅっと鳴る。胸がつかえて、手足が冷たくなる。
「ここにいる」と、誰かに言ってほしいのに。
それを口に出せる相手が、もうこの家にはいなかった。
──そんなとき、携帯の画面がわずかに光った。
日下部からの、短いメッセージ。
《今日、何も言えなくてごめん》
遥はしばらく指を動かせなかった。返信もできない。
でも、手の中のぬくもりが、どこかを少しだけ、溶かした気がした。
「ごめんじゃない……おまえは……」
誰にも届かない呟きを、遥は毛布の奥で吐き出した。
目を閉じたまま、泣かなかった。ただ、生きていた。
この夜を、ただ、超えるために。