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チャイムが鳴った。 耳の奥で遠ざかるような金属音が、どこか現実の境界線を引いた。
気づけば、教室は静まりかえっていた。
机の上には誰かの落書き。白い紙には太いマジックで、「こいつの居場所はここじゃない」と殴り書きされていた。文字は歪んでいて、何かを吐き捨てるように乱暴だった。
遥はそれを見つめたまま、机に指先だけを乗せていた。
もう指が震えているのかもわからない。息が、浅くなっていた。
席に戻った誰かが、あえて大きな声で言う。
「うわ、まだいたんだ」
別のやつが笑う。
「いるだけで空気が臭くなるって、まじで才能」
椅子を引く音が一斉に重なった。どの方向からも、避けるような動きだけが伝わる。誰一人として遥の近くには座ろうとしなかった。
教師が入ってくる気配は、ない。
誰も咎めない。咎めるという発想が、誰の中にもない。
遥は立ち上がらなかった。
視界の端で、窓の外の空がわずかに灰色を帯びていた。雲が厚くなっていく。音のない嵐の前触れのように、どこかで風だけが吹いていた。
遠く、誰かの笑い声がした。
自分のことではないかもしれない。けれど、遥にはもうそれを分ける境界がなかった。
ノートの端を裂くように、一枚だけを破り取ると、文字も書かずにゆっくりと丸めた。
自分の存在ごと、そうやって丸められている気がした。
机の下で、手だけがかすかに震えていた。
だが、顔は伏せられたまま、誰にも見えなかった。