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要 九十九
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星キラリ

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眠狂四郎
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「美咲、最近携帯見て笑いすぎちゃう?」
朝の教室で、紗季が机に頬杖をつきながら言った。
美咲は、慌てて携帯を伏せた。
「笑ってへんし!」
「いや、笑ってたやん。さっきからずっと口元ゆるんでるで」
「そんなことないって!」
「ほな、何見てたん?」
「……別に」
「別に、ねえ」
紗季は納得していない顔で、美咲の机に身を乗り出した。
「もしかして、直人先輩?」
美咲は返事をしなかった。
けれど、その反応だけで十分だったらしい。
「やっぱり!」
「声でかいって!」
「ええやん、別に。誰も聞いてへんて」
「そういう問題ちゃうねん!」
美咲は周囲を見回した。幸い、近くにいたクラスメイトは自分たちの話に夢中だった。
紗季は声を落とした。
「で、どうなん? 何か進展あったん?」
「……この前、二人で遊園地行く約束してん」
「えっ、二人で?」
「うん」
「すごいやん。いつ?」
「来週の土曜日」
紗季は目を輝かせた。
「ええやん! 楽しみやなあ」
「うん。めっちゃ楽しみ」
答えた途端、美咲は自分が笑っていることに気づいた。
紗季もつられて笑った。
「ほんま、分かりやすいなあ」
「もう、それ言わんといて!」
「ええやん。好きな人と出かけるんやろ?」
「……そうやけど」
美咲は机に頬をつけた。
好きな人。
その言葉を聞くたびに、胸の奥がくすぐったくなる。
直人と付き合い始めてから、まだそれほど日が経っていない。学校で顔を合わせるたびに意識してしまうし、メッセージが届くと、何をしていても気になってしまう。
こんなに誰かのことを考えるようになるとは思わなかった。
「なあ、紗季」
「ん?」
「好きな人がおるって、こんな感じなん?」
紗季は少し考えた。
「人によるんちゃう? ずっと会いたい人もおるやろうし、一緒におっても自然体でいられる人もおるやろうし」
「そっか」
「美咲は?」
「……会いたいし、一緒におりたい。でも、変に意識してまうねん。今まで普通に話せてたのに、付き合うようになってから、何言ったらええんか分からんときあるし」
「それは、まだ慣れてへんからちゃう?」
「そうなんかな」
「そうやと思うで。相手が直人先輩やからって、急に完璧な彼女にならなあかんわけやないし」
美咲は顔を上げた。
「完璧な彼女って何やねん」
「知らん。美咲が勝手に考えてそうやから言うただけ」
「何それ!」
二人は笑った。
紗季の言う通りなのかもしれない。
自分は、直人に好きになってもらえたことがうれしい。そのうれしさが大きい分、嫌われたくないという気持ちも生まれていた。
変なことを言わないように。
迷惑をかけないように。
重いと思われないように。
気づけば、そんなことばかり考えている。
けれど、直人が好きになってくれたのは、何でもできる美咲ではないはずだ。
忘れ物をして、よく笑って、思いついたことをすぐ口にしてしまう自分だ。
それなのに、恋人になった途端、別の人になろうとしているのかもしれない。
「……いつも通りでええんかな」
美咲がつぶやくと、紗季はうなずいた。
「ええんちゃう。無理して変わったら、疲れるやろ」
「うん」
「それに、直人先輩もまだ美咲の彼氏になったばっかりやん。二人とも慣れてへんのやから、これから知っていけばええねん」
美咲は少しだけ安心した。
付き合うということは、何かが完成することではないのだろう。
これから二人で、どういう関係になっていくのかを知っていくことなのかもしれない。
「ありがとう、紗季」
「何や、急に」
「いや、何となく」
「変な美咲」
そう言いながら、紗季は笑っていた。
放課後、花火部の部室に行くと、直人は展示に使う写真を整理していた。
「お疲れさまです!」
「お疲れさん。美咲、これ見てくれる?」
直人が机の上に写真を並べた。
美咲は鞄を置き、隣に座った。
「どれどれ?」
二人で写真を選びながら、説明文の内容を確認する。
活動に関する話をしている間は、いつも通りだった。
どの写真が見やすいか。説明が難しすぎないか。初めて見る人にも花火の魅力が伝わるか。
意見が合わないこともあったが、直人は美咲の考えを頭ごなしに否定しなかった。
「私は、こっちの写真のほうがええと思うねん。花火が大きく写ってるのもええけど、見てる人の顔が見えるほうが、楽しさが伝わる気がする」
「なるほどな。花火だけやなくて、それを見てる人も含めて伝えたいんやな」
「うん。花火って、上がってるときだけが楽しいんちゃうやん。みんなで待ってる時間も、終わった後に感想言い合う時間も好きやねん」
「それは分かるわ」
直人は、写真を二枚並べて見比べた。
「ほな、この二枚を続けて展示したらどうやろ。最初に花火そのものを見せて、その次に、それを見てる人たちの写真を置く」
美咲の顔が明るくなった。
「それ、ええやん!」
「美咲の考えを聞いて思いついたんや」
「……え?」
「一枚ずつ見せるより、つながりがあったほうが伝わりやすいと思って」
直人は何でもないことのように言った。
けれど、美咲はうれしかった。
自分の意見を聞いて、直人が何かを考えてくれた。
ただ褒められるよりも、自分の考えが形になっていくことがうれしかった。
「よし、これでいこ!」
美咲は写真を並べ直した。
そのとき、部室の扉が開いた。
「お、何や。二人で楽しそうやな」
亮介だった。
「展示の写真を決めてるだけやで」
直人が答える。
「へえ。俺も見てええ?」
「もちろん」
亮介は二人の間に入って写真をのぞき込んだ。
「これ、ええやん。俺、こっち好きやわ」
「さっき私もそれ言うてん!」
美咲が反応すると、亮介は得意げに笑った。
「ほらな。俺と美咲はセンスが合うねん」
「いや、そこまで言うてへんやろ」
直人が突っ込む。
いつもの三人のやり取りに、美咲は自然と笑った。
直人と恋人になったからといって、花火部の空気が変わるわけではない。
それが少しうれしかった。
二人だけの時間も好きだ。
でも、紗季や亮介と過ごす時間も、自分にとって大切なものだった。
どちらかを選ばなければならないわけではない。
そう思うと、気持ちが楽になった。
活動が終わった後、紗季は美咲と一緒に帰ることになった。
直人と亮介は、部室に残って資料の確認をしている。
校門を出たところで、紗季が尋ねた。
「そういや、来週の遊園地、どこ回るん?」
「まだ決めてへん。直人先輩はジェットコースター乗りたいって言うてた」
「美咲も好きやもんな」
「うん。でも、今回は二人やから、何か違う感じするわ」
「どう違うん?」
美咲は少し考えた。
「みんなで行ったときも楽しかったやん。でも、今回は直人先輩と二人で行きたいって思って約束したから。何か……うまく言えへんけど、特別やねん」
紗季は黙って聞いていた。
美咲は続けた。
「遊園地に行きたいだけやったら、みんなで行ってもええやん。でも、直人先輩と二人で行きたいねん。直人先輩と一緒におって、どんな話するんやろとか、何食べるんやろとか、そういうこと考えるだけで楽しい」
「うん」
「こんなん、今まであんまりなかったから。自分でも、ちょっとびっくりしてる」
紗季は笑った。
「それが恋人ってことなんちゃう?」
「……そうなんかな」
「少なくとも、美咲はそう思ってるんやろ?」
美咲はうなずいた。
そうだ。
自分がどう感じているのかは、自分が一番よく分かっている。
直人と一緒にいたい。
直人といろいろなことを経験したい。
その気持ちは、誰かに説明して認めてもらわなくても、ちゃんと自分の中にある。
「紗季」
「ん?」
「私、直人先輩のこと、ほんまに好きなんやなあ」
口にした途端、また恥ずかしくなった。
紗季は笑いながら、美咲の肩を軽く叩いた。
「今さら何言うてんねん」
「いや、何か、改めて思ってもうたんやもん」
「はいはい。ごちそうさま」
「もう、紗季!」
二人は笑いながら歩いた。
その夜、美咲は自分の部屋で遊園地の予定を確認していた。
行きたい場所をいくつか調べて、携帯のメモに書き出す。
ジェットコースター。
観覧車。
お昼ご飯。
お土産を見る時間。
考えるだけで楽しかった。
その一方で、直人に聞いてみたいことも浮かんできた。
好きな食べ物。
子どもの頃の話。
卒業後、どんな生活をしたいと思っているのか。
自分の知らない直人を、もっと知りたい。
付き合う前も、直人のことを知りたいと思っていた。
けれど今は、ただ憧れているだけではなく、これから一緒に過ごす相手として知りたいと思っている。
どんなことで笑うのか。
どんなときに落ち込むのか。
何を大切にしていて、何が苦手なのか。
きっと、知らないことはまだたくさんある。
携帯が震えた。
直人からだった。
『遊園地、観覧車も乗る?』
美咲は思わず笑った。
『乗りたい! 絶対乗ろ!』
少し考えてから、もう一通送った。
『直人先輩は、観覧車好きなん?』
返信はすぐに来た。
『好きやで。ゆっくり話せるからな』
美咲はその文字を見つめた。
ゆっくり話せるから。
それなら、観覧車の中で、普段は聞けないことも話せるかもしれない。
『ほな、観覧車でいっぱい話そな!』
送信すると、直人から笑顔の絵文字が返ってきた。
美咲は携帯を置き、ベッドに横になった。
友達には話せない気持ちがある。
紗季には、直人が好きだということも、二人で出かけるのが楽しみだということも話せる。
けれど、直人と二人きりになったときに何を感じるのか、どんな言葉を交わしたいのか、そういう気持ちは自分の中にしかない。
それを全部、誰かに分かってもらう必要はないのかもしれない。
自分が大切にしたいと思うなら、それでいい。
美咲は、来週の土曜日を楽しみにしながら目を閉じた。
まだ、二人で過ごす時間は始まったばかりだ。
これから少しずつ、友達には見せない顔も、誰にも話さなかった気持ちも、お互いに知っていくのだろう。
その先に何があるのかは、まだ分からない。
ただ、美咲は今、自分が誰かを好きになれたことを、心からうれしいと思っていた。
コメント
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**リオン** 美咲の「完璧な彼女にならなきゃ」って焦り、すごく共感しました。付き合い始めってどうしても背伸びしちゃいますよね。でも紗季の「無理して変わったら疲れる」って言葉とか、直人が「美咲の考えを聞いて思いついた」って言ってくれるところで、自然体でいいんだって安心できる流れが温かかったです。観覧車でゆっくり話す約束、いいですね。二人だけのペースで関係を育てていく感じが素敵でした。友達には言えない気持ちを自分の中で大事にする、その感覚もとてもリアルです。