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白い雪が、闇にかすかに照らされていた。校舎裏――人気のない場所に、遥は立たされていた。吐く息は白く、全身を包む寒さに皮膚がひりつく。それでも彼の体には、もうまともな衣服はなかった。
「なに固まってんの? ほら、もっとこっち向けよ」
誰かが笑いながらスマホを構える。
「やめろよ……撮るなって……!」
声は震えていた。寒さのせいか、恐怖のせいか、自分でも分からない。
「寒いなら走れよ。裸マラソン! 冬の特別競技だな」
「ほらほら、雪の上ダッシュだって。できんのか?」
「根性見せろよ、遥。男なんだろ?」
くすくす笑いが重なっていく。背中に降り積もる雪が、肌に張りついて溶け、凍える感覚が全身を刺す。遥は唇を噛み、足を雪の上に踏み出した。
「……走ればいいんだろ……!」
足裏の冷たさは針のようで、歩くだけでも痛い。だが周りの笑い声が、彼を止めさせてはくれない。走るたび、雪を蹴り上げる音と、見物人たちの拍手や口笛が混じる。
「おー、必死だ必死!」
「見ろよ、この震え。情けなすぎ!」
「動画映えするわー。いい、もっと情けない顔しろ」
遥は肩を震わせながらも、歯を食いしばって走る。涙が出そうになるのを必死に堪え、顔を伏せていた。
だが誰かが雪を握って投げつけた。冷たさと痛みが背中を打ち、反射的に声が漏れる。
「……っ、あ……!」
その瞬間、爆笑がはじけた。
「何その声! 女みたい!」
「やっぱ遥ってさ、男か女かわかんねーよな!」
「もう一回投げてみろよ!」
次々と雪玉が飛んできて、裸の体にぶつかる。遥は身を縮めながらも、ただ耐えるしかなかった。反撃なんてできない。声を荒げれば、もっと面白がられると分かっているから。
「なぁ遥、お前、なんでいつも言うこと聞くんだ? ほんとは好きなんじゃねぇの、こういうの」
「……は? バカ言うな……!」
「でも嬉しそうじゃん? ほら、顔赤いし」
「違っ……これは寒いからだ!」
必死に否定した。だがその声さえ震えて、嘲笑に掻き消される。
「見ろよ、必死に言い訳してる!」
「なー、もっと遊べるんじゃね?」
「雪に埋めよーぜ、雪だるまにしちまえ!」
腕をつかまれ、押し倒される。背中が雪に沈み込み、焼けるような冷たさに遥は息を詰めた。
「っ……やめろ、ふざけんな……!」
「じっとしてろって、ほら雪かけてやる!」
笑い声とともに、雪が顔や胸に積み重なっていく。呼吸が乱れ、肺が冷たさで締めつけられるようだ。
「おー、立派な雪だるまになったじゃん!」
「写真! 写真撮っとけよ!」
「SNSに上げたらバズるかもな!」
遥は首を横に振り、必死に吐き出す。
「やめろ……やめろよ……お願いだから……!」
だがその必死の声も、誰の心にも届かない。届くのはまた新しい笑い声だけ。
自分は玩具。そう思うしかなかった。必死に反抗したり、強がって見せたりしても、結局は面白がられるだけ。誰も自分を人間として見てはいない。
(……なんで俺だけ、いつもこうなんだよ……)
雪に埋もれ、体を震わせながら、遥は強く目を閉じた。心の奥から、自己嫌悪が噴き出してくる。弱い自分。抗えない自分。惨めな自分。
「ほら、笑えよ遥! 顔暗いと盛り下がんだろ!」
「そうそう、もっと面白い顔してくれなきゃ!」
無理やり口角を引き上げられる。凍える頬が引きつって痛む。笑顔の形を作らされながら、遥は自分の存在がどんどん削れていくのを感じていた。
雪はまだ、静かに降り続けていた。