テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
事件は、表向きには終わった。依頼人は納得し、必要な書類は揃い、報告書も提出された。
警察とのやり取りも滞りなく済み、これ以上掘り返す理由はない。
探偵社としては、よくある「後味の残る案件」のひとつに過ぎなかった。
「……一応、これで一区切り、だな」
燈がファイルを閉じて、机の端に置く。
重ねられた紙束は、思ったよりも薄かった。
「薄いですね」
澪が、淡々と言う。
「内容の割に、ですけど」
「まあ、表に出せること自体が少なかったからね」
真琴は椅子にもたれ、天井を見上げた。
頭の中では、まだ整理しきれていない断片が、ゆっくりと沈殿している。
「依頼人の言ってたことも、一応筋は通ってた」
「調査結果とも矛盾はなかったですし」
玲がそう言ってから、一拍置く。
「ただ、“違和感”がないわけではありませんでした」
「違和感、ね」
燈は小さく笑った。
「でもそれって、証拠にはならないだろ」
「ええ。ですから“違和感”止まりです」
誰も、それ以上踏み込もうとしなかった。
探偵としての線引きが、自然とそこに引かれていた。
伊藤は窓際に立ったまま、外を眺めている。
背中越しに、街の音が微かに流れ込んでいた。
「終わった話だ」
振り返らずに、伊藤が言う。
「これ以上やっても、何も出ない」
「……そうだな」
燈は否定しなかった。
伊藤のその言い方が、楽観でも諦めでもないことを知っている。
「警察が動かない以上、俺たちが首突っ込む理由もない」
「依頼も、もうないですし」
澪が事務的に確認する。
「報告書は提出済み。追加調査の要請もありません」
「なら、終わりだ」
伊藤はそう言って、机に戻ってきた。
その表情には、いつもと変わらない無関心さがある。
——変わらない、はずだった。
真琴は、伊藤の横顔を一瞬だけ見て、すぐ視線を外した。
確信ではない。
ただ、ほんの僅かな“引っかかり”が、胸の奥に残っただけだ。
「ま、こんなもんだろ」
燈が空気を緩めるように言う。
「全部が全部、綺麗に解決するわけじゃない」
「むしろ、そうじゃない方が多いですね」
玲が頷く。
「探偵業なんて、そんなものです」
「……そうだな」
誰も反論しなかった。
この探偵社では、それが共通認識だった。
完全な真相。
誰もが納得する結末。
それらは、最初から約束されていない。
「次の依頼、来てるか」
燈が澪を見る。
「はい。内容確認中です」
「じゃあ、切り替えだな」
話題は自然に移っていく。
終わった事件は、ファイルの中へ戻される。
伊藤はもう何も言わなかった。
ただ、書類を整え、いつも通りの動作を繰り返す。
探偵社の誰もが、
「何かがおかしい」とは、はっきり言えなかった。
言えなかったし、言わなかった。
それで十分だと、思っていた。
少なくとも——
この時点では。