薄暗い教室の隅。窓際に座った蓮司は、机に足を乗せ、缶コーヒーを片手で回していた。
放課後の空気は、少し冷たい。
向かいに座る相談者は、視線を落としたまま、小さく言った。
「……人のために動くのが、もう疲れたんです。
助けても、裏切られる。
優しくしたって、バカみたいで。
それでも、やめられないんです」
蓮司はしばらく黙っていた。
カチ、という缶の音だけが響く。
「やめられねぇなら、それがお前の性分なんだろ」
軽く言いながらも、目は笑っていなかった。
「優しさってのは、見返りがねぇと成り立たねぇもんじゃない。
ただ“そうしたいからそうする”ってだけのことだ。
損か得かで考えるなら、そもそも優しくなんかできねぇよ」
「でも……報われないの、つらくて」
蓮司は缶を机に置き、椅子の背にもたれた。
「報われねぇよ。そんなの、ほとんどが。
けどさ――“報われたい”って思ってる時点で、ちょっとズレてんだよ」
「ズレてる、ですか」
「人のために動くってのは、そもそも報酬なんかねぇんだ。
ただ、“そうしねぇと自分がムカつく”ってだけだ。
俺はそういうの、嫌いじゃねぇけどな」
少しだけ間があった。
蓮司は目線を窓の外に向けた。
夕陽が沈みかけて、光が床を斜めに染めていた。
「優しい奴ってのは、案外、他人より自分に厳しいんだよ。
だから勝手に傷つく。誰も気づかねぇところでな」
相談者が何か言いかけたが、蓮司が先に口を開く。
「でも、それでも人を見捨てられねぇのは、もうそういう人間だからだ。
だったらもう、諦めろ。
優しさを直そうとすんな。どうせ治らねぇ」
風がカーテンを揺らす。
蓮司は立ち上がり、缶を軽く指で弾いた。
「……ま、優しいってより、甘いだけかもしれねぇけどな。
でも、それで誰かがちょっとでも救われるなら、悪くねぇ取引だろ」
背中を向けたまま、ぼそりと続けた。
「損する奴がいなくなったら、この世はもっと窮屈になる。
だから――お前の損、わりと貴重だぞ」







