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遥は、考えていなかった。
「死のう」とか、そういう言葉を、まだ自分に許していなかった。
ただ、ここに立っている理由だけが、わからなかった。
——なんで、まだ、立ってるんだろう。
校舎の縁は、思っていたより低かった。
これなら、簡単だ。
そう思った自分に、少しだけ驚いて、でも否定しなかった。
教室に居場所はなかった。
廊下にも、階段にも、名前を呼ばれる場所はなかった。
「いなくていい」
「邪魔」
「なんでまだ来てるの?」
それはもう、罵声というより、事実の確認みたいな口調だった。
誰も怒っていなかった。
ただ、決定事項として、告げられていただけ。
——排除。
静かでも、遠回しでもない。
はっきりとした拒絶。
存在そのものへの、否定。
遥は、ちゃんと耐えてきたつもりだった。
泣かなかった。
暴れなかった。
誰かを責めなかった。
「自分が悪いのかもしれない」と考えることで、
世界と折り合いをつけてきた。
でも。
もう、考えられなかった。
頭の中で、何かがずっと軋んでいた。
言葉にならない音が、内側で擦れ続けていた。
——頑張れば、変わる?
——耐えれば、終わる?
そんなの、誰が言った?
誰も、約束なんてしていない。
それでも、ここまで来た。
来てしまった。
「助けて」って言えなかったのは、
優しかったからじゃない。
強かったからでもない。
ただ——
誰にも、必要とされていない自分が、
声を出していい理由が、見つからなかっただけだ。
遥は、縁の先を見た。
下は、暗かった。
怖さは、意外と、なかった。
怖いのは、落ちることじゃない。
明日も、同じ顔をして、
同じ言葉を浴びて、
「まだ生きてるんだ」って目で見られること。
それなら。
——ここで、終わらせたほうが、
——みんな、楽になるんじゃないか。
その考えが浮かんだ瞬間、
胸の奥で、何かが、ひどく痛んだ。
違う。
本当は、そんなこと、望んでいない。
ただ——
「いなくなってほしい」って言葉に、
もう、逆らえなかっただけだ。
足先が、少し、前に出る。
そのとき。
遥の中で、ずっと抑えていたものが、
今にも、決壊しそうに、揺れ始めていた。
——ここまでだ。
そう思った瞬間、
涙は、まだ、出なかった。