テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「……正直、死にたいわけじゃないんです」
相談室の椅子に座った女子は、膝の上で手を握りしめていた。
「でも、生きたい理由もないんです。朝起きた瞬間から“やらなきゃ”ってことが頭に浮かんで……それができない自分が嫌で……気づくと布団の中で一日が終わってて」
日下部は頬杖をついたまま、黙っていた。軽い相槌も打てないほど、言葉を探していた。
「友達と遊んでるときは笑えるんです。でも、帰ったらもうダメで。……あの楽しさすら、自分のものじゃなかったみたいに消えるんです」
「……」
日下部はペンを指で回して、それを机に置いた。
「……俺もさ、何やっても中途半端で、寝てばっかだった時期あるよ」
女子が顔を上げる。
「朝起きる意味? そんなの俺も知らねぇよ」
彼は少し笑った。でも目は笑っていなかった。
「ただ……意味わかんねぇまま、それでも起きて飯食って、ここに来てる。……それだけで、“何もしてない自分”とは違うだろ」
女子は視線を落とす。喉がつまって、何も言えなかった。
日下部は机の木目をなぞるように、ゆっくり続けた。
「……無気力って、壊れてるんじゃなくて、まだ燃えてないだけだと思う。火がつかないときは、ただ待つしかない。勝手に“ダメだ”って決めつけるなよ」
女子は胸の奥に、ずしんと響くものを感じた。救われたわけじゃない。でも、日下部の言葉は嘘じゃなかった。
「……待ってても、いいのかな」
「いいよ。立ち止まってる自分ごと、生きてりゃいい」
部屋の中の沈黙は、さっきよりもほんの少しだけ柔らかかった。