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「ごめんね!待たせちゃったかな?」
「あ、凛ちゃん!大丈夫だよ。ついさっき来たところだったから」
中学生になった私はその日、商店街の雑貨店の前で、いとこの凛と待ち合わせをしていた。二人で会うのは両家族みんなで行った初詣以来だ。いつもはどちらかの家でのんびりと過ごすことが多かったから、こんな風に二人で外を連れ立って歩くのはずいぶんと久しぶりだ。
私は隣を歩く凛の横顔をちらりと見上げた。春風にさらりと髪をなびかせて歩いているのを見て、ついでに周囲にも目をやった。女の子たちが、凛の姿を追っているのが分かって、こっそり苦笑する。気持ちは分かる、と納得する。なぜなら身びいきを抜きにしても、凛は人目を引く容姿をしているのだ。そのことを口にするととても嫌がるから、本人に向かっては絶対に言わないけれど。
今注目の的となっている当人は、周りの熱視線に気づいている様子もはく、機嫌良く鼻歌を歌っている。
「凛ちゃん、今日は何を買うの?」
「可愛い雑貨を見つけたの。でもそこのお店、一人だとちょっと入りにくくって。それで瑞月ちゃんを誘っちゃったんだ。ごめんね」
「全然ごめんねじゃないよ。私も雑貨は好きだし、誘ってくれて嬉しい。私で良かったらいつでも付き合うから遠慮しないで」
「ありがと、瑞月ちゃん!大好きよ」
人目がなかったら抱きつきそうな勢いの凛に、私は焦る。
「ちょ、ちょっと、凛ちゃんてば」
「ごめんごめん。瑞月ちゃんの前だと自分を出せて楽だから、ついね」
凛は照れたように笑った。
「買い物が終わったら、パンケーキ食べに行かない?付き合ってくれたお礼にご馳走する」
「行きたい!」
笑って頷いた時、ショウウインドウに写る自分たちの姿が目に入った。
ワンピース姿の私と背の高い綺麗な男の子――。
彼の秘密を聞いたのは、まだ私が十才にもならない頃のことだったと思い出しながら、私は凛に訊ねる。
「ねぇ、凛ちゃん。私たちってカップルみたいに見えるのかな?それとも兄妹?」
「どちらかと言えば、兄妹じゃない?……もしかして瑞月ちゃん、好きな人でもいる?もしその子に見られて誤解でもされたら、やっぱりまずいわよね。安易に誘っちゃって悪かったかな」
申し訳なさそうな凛に、私は肩をすくめて笑った。
「そういう人はいないよ。変な気を遣わなくていいから」
「それならいいけど……。そっか、好きな人はいないんだ。それならむしろ、お互いにムシよけになっていいのかしらね?」
そんなことを言って凛はくすりと笑った。
その後雑貨店を出た私たちはパンケーキを求めて、お目当てのカフェに入った。
彼はパンケーキを幸せそうな顔で口に運びながら、思い出したように言う。
「あのね、瑞月ちゃんの幼馴染の久保田君」
「諒ちゃん?」
「今年、わたしたちが同じクラスになった話は聞いてる?彼にわたしのこと、言ってあったんだね」
「うん。去年、同じ学校に入ったって聞いた時に教えたの。二人が仲良くなったらいいなぁ、って思ったから」
「彼、色々と誤解してたみたい」
「誤解?」
「わたしの名前がこんなだから、仕方ないとは思うけどね。女だと思ってたみたい」
「……そう言えば、名前しか伝えてなかったかも」
「肝心なとこが抜けちゃったのね」
「だって、別にたいしたことじゃないでしょ?男だとか女だとか」
「それはそうなんだけど」
「それで?仲良くできそうだった?」
私の問いかけに凛は含みのある言い方をした。
「わたしは、仲良くしたいと思うんだけどね」
首を傾げる私に凛は苦笑を浮かべ、すぐに話題を変える。
「ところでこの後、本屋さんに寄ろうと思うんだけど、瑞月ちゃんはどうする?」
「一緒に行く。私もほしい本があるの」
カフェを出た私たちは、そこからいちばん近い本屋に向かった。
凛と肩を並べて歩いていると、突然後ろから名前を呼ばれて驚いた。振り向いた先にいたのは諒だった。私は彼に笑いかけた。
「諒ちゃん!偶然だね!」
しかし彼は眉根を寄せた難しい顔で、ずんずんと私に向かって近づいてくる。
怒っているように見えて、私はおどおどしながらもう一度彼に声をかけた。
「諒ちゃん?」
彼は不機嫌な顔を崩さない。
「何してんだよ」
「何って……。これから本屋さんに行くところだけど」
「久保田君、こんにちはっ」
凛が私たちの間に割って入った。諒に呼びかけたその声は低い。私以外には本当の自分を秘密にしているのだ。
諒は目を丸くして凛と私を交互に見た。
「高山?」
「いつも瑞月ちゃんがお世話になっています」
にこやかな笑顔を向ける凛に、諒は動揺した様子を見せた。
「なんで瑞月といるんだ?」
諒は凛を問い詰めた。
その口調に私はびっくりしてしまった。
しかし凛はさらりと答える。
「なんでと言われても……。俺たちがいとこ同士なのは知ってるよね?普段から仲がいいし。ね?瑞月ちゃん」
凛が私の肩に腕を回す。
「凛ちゃん、この腕どけて。重いよ」
「あ、ごめん」
凛は腕を離し、笑いを堪えるような顔で言った。
「俺たち、これからそこの本屋に行こうとしてたんだけど、久保田君も一緒に行く?」
「行くに決まってるだろ」
答える諒はなぜか仏頂面だった。
二人と一緒にいるのが急に居心地悪くなった。早く家に帰りたくなったが、目的の物は買おうと思い直して本屋に入った。ほしかった本はすぐに見つかった。それを手に取ってふと横を見れば、諒はさっきからずっと私の傍にいる。
「見たいものがあるなら見てきたら?」
「今度またゆっくり見るから、いい」
「そう?」
どうしてわざわざ本屋に着いてきたのかが分からない。不思議に思っているところに凛がやって来た。
「瑞月ちゃん、欲しかった本は見つかった?」
「うん」
「じゃ、一緒に買ってあげるよ」
「いいの?ありがとう」
「高山にも素直に甘えるんだな」
不満そうな諒のつぶやきが耳に入り、私は聞き返した。
「何のこと?」
「な、なんでもない」
諒ははっとしたように目を逸らし、外で待っていると言って足早に店を出て行った。
彼の態度に私は首を捻りつつ、会計を済ませた凛と一緒に店を出る。
諒は携帯に目を落としながら立っていた。
私は二人に言った。
「私、一人で帰るね」
「家まで送るよ」
「でも凛ちゃんの家、方向が違うでしょ」
「それなら、瑞月は俺が送る」
「だったら二人で送って行こう」
凛は紙袋を持ち直し、私の手を取って繋いだ。
「凛ちゃん、この手は何?」
「いいからいいから」
怪訝な顔の私をなだめ、凛はちらりと諒に視線を走らせて、愉快そうに口元を緩めた。
諒はますますむすっとした顔をしている。
気まずい帰り道の最終地点、私の家の前に着いてようやく凛は手を離した。
「瑞月ちゃん、今日は付き合ってくれてありがとね」
「どういたしまして。えぇと、二人とも送ってくれてありがとう。じゃあ、ここで」
「またデートしましょ」
言うなり凛は私の額にチュッと唇をつけた。
「り、凛ちゃん!」
「ごめんごめん」
凛はにやにやと笑いながら諒に目をやった。
その視線の先にいた諒は、眉間に深いしわを寄せて凛を睨んでいる。
もう我慢できないとでもいうように、凛があははっと笑い声を上げた。
「久保田君の反応があまりにも面白くって。からかいたくなっちゃった」
凛の言葉に諒は苦々しい顔でそっぽを向いた。
その様子に凛は笑いをこらえたまま、私の耳元に顔を寄せた。
「わたしのあのこと、彼には話した方がいいかも」
「え?どうして?」
「早く誤解を解いてあげないとかわいそうだから」
「誤解?よく分かんないけど……。それなら、凛ちゃんが自分で話した方がいいんじゃないの?」
「瑞月ちゃんが話してくれて構わないわ。今はわたしの話、聞いてくれそうにないもの。それに、久保田君は軽々しく言いふらすような人じゃないんでしょ?」
凛はそこで言葉を切り、声のトーンを戻して諒に言う。
「久保田君は瑞月ちゃんのことが本当に大切なんだね。どんな男と一緒にいるのかって血相変えちゃうくらいに」
「俺は別に……!」
凛はくすくすっと笑う。
「そういうの、ほどほどにした方がいいと思うよ。ところで、瑞月ちゃん」
私にしか聞こえないくらいの小声で凛は続けた。
「久保田君のあの不機嫌な顔、理由はヤキモチよ」
「ヤキモチ?凛ちゃんに?いとこなのに?」
「いとこでもなんでも、瑞月ちゃんの傍に他の男がいるのは嫌だってことなんじゃない?」
「どうして?諒ちゃんにとっての私は、妹みたいなものなんだけど」
「妹みたいな、ねぇ……。瑞月ちゃんにはこういう話、まだ早いのかな」
凛は苦笑を浮かべながら諒を見たが、彼に睨むような目を向けられて肩をすくめた。
「もう退散するわ。おばさんたちによろしく。久保田君、また学校で!」
凛は私たちそれぞれに言葉を残して、軽やかな足取りで帰って行ってしまった。
不機嫌な顔をしたままの諒と二人きりになってしまい、私は困った。
このまま帰ろうか。それとも、凛のことを諒に話してしまった方がいいのか……。
どうしたものかと迷う私に諒が問いかけてくる。
「さっき二人で何の話をしてたんだ?」
「えぇと、ちょっと……」
私は口ごもった。
諒の顔がさらに不機嫌になる。
「二人だけの秘密ってわけ?」
「そういうことじゃなくて、少し繊細な話で……」
諒は腕を組んで私を見下ろした。
「俺には言えない話か」
「言えないというか、私からはやっぱり言いにくいというか……」
「分かった。じゃ、今度直接、高山に聞くことにする」
「うん。そうした方がいいと思う」
私はほっとした。ほっとしたついでに、凛に対する諒の不機嫌な態度の理由を聞きたくなった。凛はヤキモチだと言っていたが、本当はどうなのかが気になったのだ。しかし、まだ諒の表情は固く、ストレートには聞きにくい。私はおずおずとこう言ってみた。
「あのね、前にも言ったと思うけど、凛ちゃんとも仲良くしてもらえたら嬉しいんだけどなぁ……」
「それは何とも言えないな」
諒は肩をすくめてふうっとため息をついた。
「だって、俺はまだあいつのことをよく知らないからな。今年から同じクラスになったばっかりだしさ」
「優しくていい人なんだよ」
唇を尖らせて訴える私に、諒は苦笑を見せた。
「瑞月の親戚なら、仲良くはしたいけどさ」
曖昧な諒の言葉を聞いて、もしも二人の性格が合わないようなら仕方がないかと、残念に思った。しかし、彼らが友達になったことを知ったのは、それから間もなくだった。それ以来、三人で会う機会が増え、また、気づいた時には栞と凛の二人も親しくなっていて、いつの間にか当たり前のように四人で行動するようになっていた。