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ふみ
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最初は普通に始まる。ピアノの音が入って、全員で一度通す。声はばらついているのに、それは問題にされない。
「はい、もう一回」
教師が軽く言う。
二回目に入る前、隣から小さく声が来る。
「ちゃんと出せよ」
遥は頷く。自分に向けられているのが分かる。
歌い出す。途中で、自分の声が少し浮いた気がする。
その一瞬だけを拾われる。
「今の誰?」
後ろから声が飛ぶ。
歌は止まらないまま、周りだけがざわつく。
「外れてたよな」
別の声が重なる。
遥は歌い続ける。止まったらそこだけ残ると分かっている。
曲が終わる。
「今のさ」
すぐに来る。
「自覚ある?」
遥は答える前に、周りが埋める。
「あるわけないだろ」
「分かってたら出さないって」
笑いが混ざる。
教師は譜面を見たまま言う。
「気になるところは各自で直して」
曖昧な指示が、そのまま個人に落ちる。
「じゃあさ」
誰かが遥の方を見る。
「どこ外したか言って」
先に言わせる形にされる。
遥は少し考える。
「……最初の方」
「どこ」
すぐ狭められる。
「一番か二番かで全然違うけど」
選択を増やされる。
「……一番」
「どの小節?」
具体にされる。
遥は譜面を見る。さっきの位置がもう曖昧になっている。
「分かんないの?」
その沈黙がそのまま意味になる。
「外したのに場所も分かってないんだ」
軽く言われる。
遥は言い直す。
「……サビの前」
「さっき一番って言ったよな」
すぐに矛盾が拾われる。
「どっち?」
逃げ道が消える。
「……サビの前」
選び直す。
「じゃあそこ歌って」
すぐに移る。
ピアノは止まったまま、声だけ求められる。
遥は息を吸う。
「ほら早く」
間が許されない。
遥は歌う。さっきより小さくなる。
「小さい」
すぐに言われる。
「聞こえないと分かんない」
理由がつく。
遥は少し声を上げる。
途中で音が揺れる。
「今」
重なる。
「また外した」
即座に確定される。
遥は止まる。
「何で?」
間を置かずに来る。
「さっき直すって言ったよな」
言っていないことまで前提にされる。
遥は言葉を探す。
「……音、分かってなくて」
出した瞬間に、違うと分かる。
「分かってないのに出してるの?」
すぐ返される。
「それで合うと思ってる?」
遥は答えられない。
「じゃあ何で歌ってんの?」
目的を問われる。
「課題だから」
出た言葉に、少し間が空いて笑いが混ざる。
「それ答えになってない」
「みんな課題だけど?」
比較される。
教師が一歩だけ近づく。
「一人で確認してみるか」
軽い調子で言う。
止める感じではない。
遥は前に出る形になる。
「じゃあ最初から」
逃げ場がなくなる。
ピアノが一音だけ鳴る。
遥は歌い始める。
最初は合っている気がする。
途中で、自分の声がまた浮く。
その瞬間に、横から声が入る。
「今ズレた」
歌の中に割り込まれる。
遥の声が揺れる。
「ほらまた」
重ねられる。
最後まで歌い切れない。
止まる。
「何で止まるの?」
すぐ来る。
遥は答える。
「……分からなくなって」
「どこから?」
狭められる。
「今のところ」
「どこだよそれ」
曖昧さが否定される。
笑いが混ざる。
「結局さ」
誰かが言う。
「どこも分かってないんだよ」
まとめられる。
遥は否定できない。
分かっていないのか、言えないのか、その区別がつかない。
教師が譜面を閉じる。
「全体で合わせるから戻って」
普通の流れに戻す。
遥は列に戻る。
周りでは別の話が続いている。
「昼どうする?」
「購買行く?」
声は軽いまま。
「次通すぞ」
教師が言う。
歌がまた始まる。
さっきと同じ場所が来る。
遥は声を出す。
出した瞬間に、また意識がそこに集まる気がする。
でも止める理由はない。
歌は続く。
外れているかどうかより、外れる前提だけが残る。
曲が終わる。
「今の良かったな」
誰かが言う。
少し笑いが混ざる。
遥の中では、どこがどうだったのかが残らない。
ただ、自分の声だけが浮いていた感覚だけが残る。
次も同じ形で始まる。
コメント
1件
読み終わりました。この回、本当に胸が痛くなりました……。合唱の授業という日常の場で、遥が少しずつ追い詰められていく空気感が、短い言葉の積み重ねでものすごくリアルに描かれていて、読んでいるこちらまで息が詰まるようでした。周りの「軽さ」と遥の中だけで重くなる感覚のギャップが切ないです。最後の「今の良かったな」も、遥には届かない言葉として残るのがまた……。続きが気になります。