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トド村
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「こんぴらー。今日の企画はこちら!
《わが子の名前、ネット投票で決めてみた》。
いえいっ。炎上したって懲りないよー。
だってVTuberだもの。
そんじゃ、オタク君達―。投票よろしくー」
◆◇◆
僕の名前は半田新人、馬鹿な両親のせいで名前がニートになってしまった哀しき存在(ニート)だ。
「ごめんよぉニートぉ、ママが馬鹿だったばっかりにぃ」
母はおいおい泣いた。赤子の僕よりおいおい泣いた。
おいおいと言いたいのはこっちの方である。
僕は善良だが馬鹿な両親達を見て、自分の名前を見て、何故この人達はここまで馬鹿なのだろうと疑問に思った。
そこで僕は五歳の頃から両親達の観察を始めた。
両親達の行動を観察し、僕は一つの仮説を立てた。
《人間は、幸福になると馬鹿になる。》
この仮説が真であるなら両親達の不可解な言動に説明がつく。
僕は馬鹿にだけはなりたくなかった。幸せにだけはなりたくなかった。
だから僕はニートになった。
母はおいおい泣いた。
母を泣かせるのは僕の得意技だ。
僕の得意技はもう一つある。
自室のPCのマウスを二回クリックし、『人造エネミー』と呟く。
するとPC画面からポコンッと僕とそっくりのアバターが生まれる。
髪を無造作に伸ばし、眼鏡をかけた、猫背の冴えない男がもう一人現れる。
現実世界に自分のアバターを生み出す能力。
僕はこの能力を、当時好きだったボカロ曲にちなんで《人造エネミー》と名付けた。
「人造エネミー、近くの自販機でコーラを買ってきてくれ」
僕がそう言って200円を渡すと、人造エネミーがコクリと頷く。
人造エネミーはスタスタと部屋を後にした。
「さて、今日も今日を消費するか」
そう言って僕はPC画面でテトリスを始める。
賽の河原のようにテトリスを積む。
祖母から聞いたことがある。
両親より先に死んだ子供は賽の河原で石を積み続けるのだと。
僕はすでに社会的に死んでいる。
僕の地獄は、この四畳半とPCだった。
僕はここで、賽の河原のようにテトリスを積む。
この行動に意味なんてない。
この行動に意味なんてあってはならない。
「せっかくそんなにテトリス上手いんだから配信でもすればいいのに」
以前母が僕にそう勧めてきたが、僕はその言葉に答えず無言で食卓を去った。
僕は万が一にでも成功するわけにはいかない。
成功すれば幸せになる。
幸せになれば調子に乗り馬鹿になる。
馬鹿になって馬鹿な目に合う。
両親のように。
だから僕はこの部屋で、賽の河原を積むようにテトリスを積む。
コンコンコン、コンコンコンコンっと七回ノックの音がした。
人造エネミーが帰ってきた合図だ。
「おかえり」
そう言って人造エネミーから飲み物を受け取る。
……おしるこじゃねぇか。
人造エネミーは少し、いやかなりポンコツだった。一体誰に似たのだろうか。
「もういいよ、おつかれ、戻って人造エネミー」
人造エネミーはコクリと頷きパッと消えた。
おしるこを飲む。
甘ったるくて爽快感のない、人生みたいな味だった。
SNSの悪ノリによって名前をニートにされてしまった僕はSNSなど一生やらないと心に誓っている。
承認欲求に犯された人間は軽率に道を誤る。
Vtuberの母も歌い手の父もそうだった。
僕の人生に他者は必要ない。
僕の人生はこの四畳半で完結し、静かに閉じてゆくのだ。
マウスを二回右クリックし、人造エネミーを呼ぶ。
「チェスをしよう人造エネミー」
人造エネミーはコクリと頷き、チェスの相手をしてくれた。
人造エネミーのキングが二段階右折した時はたまげた。
人間に備わった生存欲求が憎い。
僕に性欲なんか必要ない。
ニートに性欲など必要ないのに。
マウスカーソルをクリックし、人造エネミーを呼ぶ。
「女の子になれ」
僕がそう言うと、人造エネミーがコクリと頷く。
人造エネミーは女の子になった。
顔が僕と同じなのが癪だが致し方ない。
致す時に目を瞑れば問題のないことだ。
「ニート、君は恵まれているんだよ」
歌い手の父が、今頃父親の役目を果たそうと僕を諭す。
「まず、日本という比較的安全な国に生まれてきた時点で恵まれている。次に両親が生きている時点で恵まれている。僕のパパは階段から足を滑らせて死んでしまったからね。そして毎日三食食べられて脳や身体に障害など一つもない。君は恵まれてるんだ。君はいつでも幸せになれる。君はいつでも幸せになろうとしていいんだよ」
歌い手として酸いも甘いも嚙み分けてきた父の言葉はもっとももらしく聞こえた。
だからなんだというのだ。
長い間動物園で飼われた動物が野生に順応できないように、長いことニートを続けた僕の順応性はとっくのとうに退化してしまっている。
僕の居場所はここしかない。
そんなの、貴方達が一番分かっているだろう?
人造エネミーを呼び出す。
「人造エネミー、今から父の歌い手チャンネルにアンチコメントを書いてくる。その間僕の代わりにテトリスをしといてくれ」
人造エネミーが首を傾げる。
「いいから」
人造エネミーはしぶしぶと僕の代わりにテトリスを始めた。
僕は父の歌い手チャンネルの最新動画に長文のアンチコメントを書く。
実の息子にアンチコメントを書かれた歌い手は後にも先にも父一人だろう。
それもこれも身から出た錆だ。
僕は幸せに目を背けながらも、一日三食の食事を享受し、然も当然のように一日を消費し続けた。
両親を言い訳にしながら、人造エネミーに身の周りのことを放り投げながら、何年も、何年も、何年も何年も何年も何年も。
その時は、突然やって来た。
買い物に乗った両親達の車が玉突き事故に遭った。即死だったそうだ。
悲劇に脈絡などない。
僕は取り残されてしまった。
「……人造エネミー」
震える手で人造エネミーを呼び出し、やっとの思いで命令する。
「……僕の代わりに両親達の葬儀に参加して来てくれ」
人造エネミーはコクリと頷いた。
僕は人生で初めて缶ビールを飲んだ。
父が冷蔵庫に取っていた8本のビールを開けた頃、夜が更け、朝日が昇った。
僕は母のVtuberチャンネルを始めて視聴した。
母親の媚びた声は聴くに堪えなかった。
母はしきりに僕のことを配信で話していた。
「私のせいでニートになっちゃったけど、決して人を傷つけない優しい子だ」と、母は口癖のように言っていた。
「どの口が言ってんだよ……」
ビールがもう無い。
僕は、とりあえず冷蔵庫にある甘いものを手当たり次第胃の中に放り込んだ。
僕は馬鹿だ。僕はずっと馬鹿だったんだ。僕はずっと幸せだったんだ。
洗面台で長い事顔を洗って、寝た。
人造エネミーが葬儀を終えて帰って来た。
「おつかれ、人造エネミー」
僕がそう言うと、人造エネミーはコクリと頷く。
僕は四畳半の部屋で人造エネミーと向かい合った。彼の無機質な顔を、じっと見た。
「頼む人造エネミー」
「僕をころしてくれ」
人造エネミーは答えない。
「……分かってるよ」
僕は人造エネミーを抱きしめる。
少しずつ、少しずつ、人造エネミーが崩壊していく。
もう人造エネミーとは会えない。そんな予感がしていた。
「今までありがとう。僕のエネミー」
エネミーを抱きしめる。
エネミーは完全に砕けて消えてしまった。
◇◆◇
なけなしの対人能力を使い、月収十万円の交通誘導員の会社に住み込みで働かせてもらうことになった。
五月蠅いほどに蝉が鳴いている。
照るアスファルトに焼かれて、青白かった僕の肌はすっかり焦げた色へと変わっていった。
現実は天国でも地獄でもない。ただの現実だ。
《人間は幸福になると馬鹿になる》。
幼少期の頃立てた僕の仮説は、結局正しいかったのかどうか僕には分からない。
その答えを確かめる術を、今の僕は持ち合わせていない。
それでも生きている内は生きようと思う。
僕は顔の汗を手で拭い、向かってくる車に赤い旗を振った。
完
コメント
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トド村さん、第1話読み終えました。 冒頭から「ニート」という名前の衝撃にやられました…。でも「幸せになると馬鹿になる」という仮説の元、自分を守るために四畳半にこもる主人公の心情が、すごく細やかに描かれていて引き込まれました。特に人造エネミーとのチェスやおしるこのエピソード、そして最後の「僕を♡♡♡てくれ」という依頼とエネミーが消えるシーン…胸がぎゅっとなりました。両親の死後、現実に向き合うラストも、ただの現実として受け入れる静かな強さが感じられて、とても良かったです。続きが気になります!