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幼馴染たちの部屋を訪ねる生活は一年ほど続いた。しかし、それぞれの環境と状況の変化に伴い、その時間は少しずつ減っていった。栞に恋人ができたことと、諒の医師国家試験に向けた勉強がいよいよ本格化し始めたことが主な理由だ。
「気にせずに今まで通り遊びに来て」
幼馴染たちはそう言ってくれたけれど、忙しそうな彼らの元を、今までと同じように頻繁に訪ねるのは気が引けた。だから二人に会うのは、手料理を差し入れる時くらいになっていく。
しかしそれも、徐々に必要ではなくなっていった。料理上手な恋人の影響か、栞が料理をするようになったのだ。幼馴染たちの食事の心配が不要になったことに安堵はしたが、一方では、自分の出番がなくなってしまったことが寂しくもあった。
私たち三人は子どもの頃からずっと一緒だったが、ちょうどこの頃は、それぞれがそれぞれの道を歩き始めた時期でもあったのだと思う。
諒は無事に医師免許を取得して研修医となり、ますます多忙な毎日を過ごすようになった。
大学四年生になった私と栞も、就職活動と卒業論文の執筆などで忙しい日々を送ることになった。その後、無事に大学を卒業した私たちは共に地元には帰らずに、四年間住み慣れたこの街で働き始めた。私は建築業界、栞は金融業界だ。そしてまた凛は、その頃小さなスナックを開いた。
就職活動を始めた頃、両親からは地元での就職を期待を込めた顔で勧められた。
しかし私は、まだ自分一人で頑張ってみたいと思っていた。進学の時のように反対されてしまうかもしれないと、どきどきしながら両親に言ってみたところ、二人は寂しそうな顔をしながらも、意外にも私の意思を認めて受け入れてくれた。
就職してからは慣れないことの連続で、私は毎日を余裕なく過ごしていた。幼馴染たちや従兄は近くに住んでいたが、日常の雑事に囚われて以前のようにはなかなか会えずにいた。メッセージのやり取りで近況を伝え合ってはいたけれど、実際に顔を合わせるのは年に数回程度となっていた。
栞が結婚したのは、私たちが大学を卒業してから四年後のことだった。お相手は大学時代から付き合っていた料理上手な恋人だ。結婚式に招かれた私は、大好きな栞の美しい花嫁姿に嬉し涙を流した。
お色直しで花嫁が席を離れた時、友人席に座っていた私は栞の親族席に目をやった。
栞の両親は席にいなかった。各テーブルに挨拶に回っているようだ。
諒はどうしているかしらと視線を移せば、親戚だと思われる年配の方々に取り囲まれていた。
彼の顔に苦笑が浮かんでいるのを見て、私は勝手に想像する。彼はまだ独身だ。親戚たちから、あれやこれやと世話を焼かれているのだろう。
諒の困った笑顔を眺めながら、それにしてもと思う。会うのは久しぶりだったが、遠目に見た彼はすっかり大人の男性になっていた。落ち着いた雰囲気をまとっていて、フォーマルなスーツ姿がそれをいっそう際立たせている。
けれど、それもそのはずだ。私が二十六歳なのだから、諒だって同じように年齢を重ねているわけだ。彼の誕生日はすでに過ぎているから、今は三十歳のはずだ。そのことに改めて気がついた時、「幼馴染のお兄ちゃん」などと、今までと同じように気軽な関係でいてはいけないような気がした。そう思うと、諒とは距離が離れてしまったような気がして寂しくなる。彼と目が合ったのは、ふっとため息をついた時だった。
諒は椅子から立ち上がり、周りに挨拶しながら近づいてきた。私の目の前までやって来て、まぶしそうに目を細めて笑う。
「久しぶりだな」
私は慌てて立ち上がった。ぺこりと頭を下げる。
「あの、お久しぶりです。えぇと、本日はおめでとうございます」
それに対して、諒もまたかしこまった様子で体を折って挨拶を返す。
「ありがとうございます」
姿勢を戻した諒は私に視線を当てながら、ぼやくように言った。
「まさか妹に先を超されるとは思っていなかったよ」
大人の男性になって、諒が変わってしまったかもしれないと思っていた。けれど私に接する時の態度も表情も口調も、子供の頃からよく知る彼だった。そのことにひどくほっとして、昔に戻ったような気分で私は言う。
「そんなこと言っちゃって。よりどりみどりで選んでいるからじゃないの?だって諒ちゃん、相変わらずモテそうだもんね」
諒の顔に苦笑が浮かぶ。
「よりどりみどりって、まるで遊んででもいるような言い方はやめてくれよ。人聞きが悪いだろ」
「だってお医者さんって、周りに女の人がたくさんいるような職場でしょ?いいなって思う人が一人くらいはいるんじゃない?もしそうなら、早く捕まえておけばいいのに」
専攻医となった諒は今、大学時代から住むこの街の総合病院に勤務している。
「職場でそんな気になるわけないだろ。……それより、瑞月、あれだな。今日のお前は、馬子にも衣装ってやつだな」
大人になったと思ったのは、外見だけだったらしい。私はむっとして諒を睨みつけた。
「失礼ね。久しぶりに会ったのに、そういう失礼なことを言うなんて。しばらく会わない間に、ずいぶんと口が悪くなったみたいね。そこは嘘でも、綺麗になったなとか言うところでしょ?」
「あはは、確かにそうだ」
諒は笑った。しかしすぐにその笑いを収め、私に柔らかな眼差しを向けた。
「本当に、ますます綺麗になった」
「そ、それはどうも、ありがとう……」
心の奥をくすぐるような、しみじみとした言い方だった。
私は戸惑い、どぎまぎしてしまう。
「綺麗になったのは、もしかして恋人がいるせいか?」
あまりにもさらりと尋ねられたせいで、私の返事もさらりとしていた。
「うん。いるよ」
諒の瞳が揺れた。彼の頬に複雑そうにも見える笑みが浮かんだのは、私にまで先を越されてしまうとでも思ったからなのか。
「……へぇ、そうなのか。その人はお前のことを、ちゃんと大事にしてくれているのか?」
「私はそう感じてるよ」
「結婚、考えてるのか?」
「どうかなぁ。付き合ってそろそろ一年くらいになるけど、そういう話をしたことはまだないわね。でも、そうね。私は彼なら、って思ってるけど」
「そうか。もしも決まったら教えてくれよな。その時は盛大に祝ってやるからさ」
「そうだね。その時が来たらね」
私はふふっと笑うと、お色直しを終えて席に戻って来た栞の方へ目を向けた。
「私、栞と写真撮ってくるね」
「あぁ、行ってこい。……なぁ、瑞月。今度また、みんなで飯にでも行こうぜ」
「いいわね。でも、一番忙しいのって諒ちゃんだと思うんだよね。だから、時間ができたらぜひ連絡して。楽しみに待ってるから」
「あぁ」
諒は短く返事をした。その時の笑顔が陰りを帯びたことに気づかないまま、私は栞の元へと向かった。
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