テラーノベル
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視聴覚室へ教材を届けた頃には、授業開始のチャイムが校舎中へ響いていた。
担当の教師が「ありがとう」と受け取る。
その一言に頷くだけで、遥は教室へ戻ろうと踵を返した。
廊下は静かだった。
さっきまでの喧騒が嘘みたいに消えている。
自分の靴音だけがやけに大きく聞こえた。
身体が重い。
喉は渇いているのに、唾を飲み込むだけで痛い。
教室の前まで来ると、一度だけ深呼吸をした。
何事もなかった顔をしろ。
それだけを考えて扉を開ける。
教師が振り返る。
「遅かったな。席につけ」
「……はい」
理由は聞かれない。
教材を運んでいたことを教師は知っている。
だから、それで終わりだった。
席へ向かう途中、何人かの視線が遥へ向く。
くすり、と誰かが笑った。
「戻ってきた」
「ずいぶん時間かかったな」
「そんなので疲れてんの」
声は小さい。
教師に聞こえない程度に。
遥は反応しない。
椅子を引いて座る。
ノートを開く。
黒板を見る。
教師の説明を書き写そうとする。
文字が二重に見えた。
目をこする。
変わらない。
頭がぼんやりする。
鉛筆を持つ指先にも力が入らない。
「遥」
教師の声だった。
遥は反射的に立ち上がる。
「そこ、読んでみろ」
教科書を見る。
文字を追う。
読める。
読めるはずなのに。
一行目で言葉が詰まった。
「……っ」
焦る。
頭の中では文章がまとまらない。
「聞いてたか」
「……すみません」
教室の後ろで笑いが漏れる。
「珍しくねぇじゃん」
「いつもぼーっとしてるし」
「寝てたんじゃね」
教師は軽く息をつき、「座っていい」とだけ言った。
遥は小さく頭を下げ、席へ座る。
教科書を見つめる。
胸の奥がざわついていた。
恥ずかしい。
情けない。
こんなことで躓くことなど、普通の人はない。
授業はそのまま進んでいく。
遥は必死に黒板を写す。
少しでも遅れると焦る。
ノートだけは埋めよう。
遅れないように。
置いていかれないように。
その一心で鉛筆を動かし続ける。
気づけば手元へ影が落ちた。
教師が机の横に立っている。
「顔色が悪いな」
一瞬、教室が静かになる。
遥は咄嗟に答えた。
「……大丈夫です」
「そうか」
教師はそれ以上何も言わず前へ戻っていく。
その背中を見送りながら、遥は小さく息を吐いた。
もし保健室へ行けと言われていたら。
もし家へ連絡されていたら。
そう考えるだけで胸が締めつけられる。
だから。
これでよかった。
そう思い込もうとした。
けれど授業が終わるチャイムが鳴った瞬間、身体から力が抜ける。
机へ手をつき、俯いたまま呼吸を整える。
額から汗が一滴、ノートの上へ落ちた。
その様子を、教室の後ろから日下部が黙って見ていた。
ゆぴ
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スミレ
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コメント
1件
うわ、これは…読んでて胸がギュッてなったわ。体調悪いの隠して普通に振る舞おうとする遥、めっちゃ分かる…「何事もなかった顔をしろ」って自分に言い聞かせてるのが切なすぎる。先生が顔色悪いって気づいてくれたのに「大丈夫です」って返すところ、読んでて「ああ…」ってなった。こういう日常の中の小さな危機、描写がリアルで刺さるわ。日下部が黙って見てるのも気になるし、続きが気になる展開🔥